まだ寒さ厳しき折に花開き、いち早く春を告げる椿。学術名を「カメリア・ジャポニカ」といい、日本生まれの植物だ。凜として咲き誇る姿は『万葉集』に歌われ、中世の茶人たちに愛され、令和の世も人々を魅了してやまない。五島列島は長崎県の西端、東シナ海に浮かぶ大小153の島々。世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に含まれる集落や教会、美しい自然で知られています。
2020年に発足した「五島の椿プロジェクト」は、五島列島に広く自生する椿を使った新たな産業で高齢化や人口減少が進む島々を活性化することが目的です。
その思いに賛同し、“椿サポーター”として応援しているのが俳優の吉永小百合さん。五島の椿で糸を染め、きものを制作した染織家の志村洋子さんとともに、五島列島とのご縁や椿の魅力、日本人と深いつながりを持つ植物の力について語っていただきました。
椿がお似合いのおふたり。吉永さんのきもの「椿の詩」は、おふたりが手にお持ちの五島列島の椿を用いて、志村洋子さんと紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)の母、志村ふくみさんが共作したもの。洋子さんが仕立てた帯「椿の舞」の愛らしい刺繍は「五島の椿プロジェクト」のロゴマーク。京繍作家の長艸敏明さんが手がけた。洋子さんのきものはふくみさんから譲り受けたもの。吉永さんの脳裏に焼き付いた福江港での別れの情景
吉永 私が初めて五島列島へ行ったのは2011年、東日本大震災のあった3月の終わりでした。NHKのプロデューサーのかたに誘われて、ギタリストの村治佳織さんと3人で出かけたプライベートな旅です。
福江島と久賀(ひさか)島の教会を回ったのですが、特に久賀島ではキリシタンの人たちの受難の跡に心を打たれました。一方で、空気がきれいで自然が美しく、食べ物がおいしい。自然のなかでゆったりと暮らす島の人たちもとっても素敵で、その翌年もまた行きました。
「初めて五島列島を訪ねたのは11年前。美しい自然と教会群、ゆったりと暮らす人々に惹かれました」(吉永さん)
吉永小百合さんよしなが・さゆり●東京都生まれ。1959年映画デビュー。『おはん』『母べえ』『いのちの停車場』などの名作に多数出演し、数々の賞に輝く。2014年公開の『ふしぎな岬の物語』では初めてプロデューサーも務めた。TBSラジオ「今晩は吉永小百合です」は毎週日曜22時30分~放送中。原爆詩の朗読会も継続している。志村 あらまぁ、2年続けてだなんて、余程気に入られたんですね。
志村洋子さんしむら・ようこ●東京都生まれ。染織家、随筆家。30代で母・志村ふくみと同じ染織の世界へ。1989年に、染織を通して宗教、芸術、教育など文化の全体像を学ぶ場として京都に「都機(つき)工房」を創設。2013年に芸術学校「アルスシムラ」を母、息子・昌司とともに開校。著書に『色という奇跡』、作品集に『しむらのいろ』『オペラ』がある。吉永 はい。なかでも脳裏に焼き付いているのが、福江港で見た情景です。3月でしたから、進学や就職のために島を離れるかたが多かったのでしょう。フェリーで長崎へ向かう人、見送る人。大勢の人が紙テープを手に別れを惜しむ姿が切なく、胸がいっぱいになりました。
高齢化や人口減少の問題は聞いていましたので、若い人たちはこのまま戻らないのかしらとか、故郷で活躍できる場が増えればいいのにと思ったんです。ですから、椿で島を元気にする「五島の椿プロジェクト」の応援を頼まれたときは、迷うことなくお引き受けしました。
主に五島列島の海沿いに群生する椿は約1000万本。自生のヤブ椿としては日本一の数とされる。強い海風にも負けずにたくましく咲く赤い花、つやつやと光る葉は、生命力を感じさせる。福江島は、愛好家の間で幻の椿と呼ばれる「玉之浦」が見つかった地としても知られる。©五島の椿プロジェクト(写真/泊 昭雄)そして、プロジェクトのために椿と一緒に撮影をするという話になったとき、思い出したのが、2012年に家庭画報さんのお仕事で洋子先生と利尻島へご一緒したときのことです。あのときすぐそばで拝見した染色の様子は今も鮮明に覚えています。
2012年12月号より10年前、利尻島での吉永さんと志村ふくみさん、洋子さん。島のシンボル、利尻山に見守られての撮影だった。撮影/大木 茂滞在していた「ホテル利尻」のスタッフ用台所で染色中の志村さん親子と、その様子を熱心に見つめる吉永さん。思い出深いひとときとなった。志村 撮影が終わった後、母(志村ふくみ)と「ここの植物で染めてみたいね」という話になったんですよね。それで、近くの野原で虎杖(いたどり)、蓬(よもぎ)、浜茄子(はまなす)、小鮒草(こぶなくさ)などをたくさん集めて、ホテルへ持ち帰りました。
吉永 それを大きな鍋でぐつぐつぐつぐつ煮てくださって。染め上がった布を見たときは感動しました。利尻島で撮影して、当時公開間近だった映画『北のカナリアたち』のテーマカラーであるカナリア色でしたから。
志村 そうでしたね。蓬とみょうばんを組み合わせたら、美しい黄色のグラデーションが生まれました。
吉永 あのときちょうだいした黄色い布、今でもときおり帯揚げに使わせていただいています。