スーパー獣医の動物エッセイ「アニマルQ」 喜怒哀楽を人間と共有し、コミュニケーションを図る犬たち。愛犬家であるならば、犬との意志疎通は日常茶飯事のはず。でも、犬が人の言葉を喋っていることもあるって知っていましたか?
一覧はこちら>> 第9回 犬はどこまで人間か
文/野村潤一郎〈野村獣医科Vセンター院長〉
『犬狗養畜傳(けんくようちくでん)』は江戸時代末期に絵師だった曉 鐘成(あかつきのかねなり)が書いた大ベストセラーの犬の飼育書だ。その内容は育て方から病犬の看病の仕方まできめ細かく、そればかりか経験豊富な著者の犬愛が随所にちりばめられていて多くの愛犬家たちの心をつかんだ。その中にこんな記述がある。
「狗(いぬ)は則ち人間の小児と心得べし。その養い方悪しくして狂犬病犬と成り、人を咬むがゆえに遠き山野に捨てること不憫ならずや」
これはつまり「犬は人間の子どもと見なして育てましょう、そうでないと野蛮な獣になります、育て方が悪かったがために捨てることになったら可哀そうですよ」という意味である。犬飼育の基本的な心がけとしてまったくもってその通りであり、もげるほどに首を縦に振るくらいこれは正しい。
私は7歳で“自分の犬”を手に入れてから53年間、歴代の愛犬たちと人生を歩み、その経験に基づいた回答として犬のヒューマナイズ、つまり人間化のススメを説いてきた。仔犬に絵本を読み聞かせ、言葉を教え、社会のルールを教育し、玩具を買い与え、一緒に遊び、食べ、風呂に入り、同じ布団で眠る。
自身で「人間の小児と心得べし」を長年実践してきたわけだが、こうして育てた犬たちに失望したり裏切られたりしたことは一度もない。「野村獣医師は犬を擬人化し過ぎる」という意見があるのは十分承知だが、それは一部だけを見ての偏った意見であり“犬の尊厳”をきちんと認めた上で、人間圏の中で生きる特殊な生き物、すなわち4万年の歴史を持つ世界最古の“万能家畜”として完成度を高めてあげなさいと言っているのだ。
人間の子どもも人間として育てればヒトになるが、狼が育てれば裸で走り回るヒトではない何かになってしまう。犬はもちろん獣の一種だが、長きにわたる家畜化によりヒトになるポテンシャルを持っている存在なので、これはもう人間として育てる意味が十分にある。
つまりカブトムシに英才教育をしろみたいな戯言を唱えているわけでは決してない。全ての生き物は知能の差こそあれ、心と喜怒哀楽の感情を持っていて、これは生存と種の存続のためには必須の機能だが、人類の常識ではわかり難い表現の場合がほとんどであり、大きな誤解が悲劇を招くことも多い。“トカゲ撫で殺しマダム事件”は悲惨だった。
「センセ、このトカゲは私が撫でてあげないと息をしないの」
「それは触るな! と噴気音で威嚇しているんですよ」
「だって気持ちよさそうに目を閉じてるのよ」
「せめて目を守ろうと必死になっているんですよ」
「そんなことないわよ」
「トカゲは撫でる意味を理解しません」
結局マダムは50万円もする希少生物のマツカサトカゲを5匹も撫で殺してしまったのだった。こういった間違いが起こらないのも犬のすごいところで、種の異なる人類と共通する解釈が多く存在するばかりか、双方向の会話が当たり前のようにできるのは、よくよく考えると生物界の奇跡だと思う。