スーパー獣医の動物エッセイ「アニマルQ」 しなやかな身のこなしと黒い体軀が美しい犬、ドーベルマン。野村先生とドーベルマンの最初の出会いは、獣医学部の学生時代。リーラと名付けた愛犬と、喜びも哀しみも共にして長い年月を過ごしました。しかし訪れたリーラの死。失意のどん底から這い上がるために飼ったのはやはりドーベルマン。2代目のビオラ、そして……。前回に続く、愛すべき犬たちの物語です。
一覧はこちら>> 第18回 ドーベルマンズ(後編)
前編はこちら>>文/野村潤一郎〈野村獣医科Vセンター院長〉
3代目のドーベルマンは群馬県からやってきた。
数ある警察犬協会所属の犬舎の中でも、このベテラン繁殖家の作出する犬は昔から特に鋭いタイプの個体が多い。仔犬を受け取りに行った時に見た少し短気そうな母犬は、太い鉄格子の檻の中から我が子が1匹ずつ貰われていくのをぎりぎりの線で許容している様子だった。
私は敢えて一番シャイで扱いが難しそうな子を選んだ。こういう子は感受性が高く、普通の家庭では制御不能になるが、私は極上の愛の力で利口な伴侶犬に育てる自信があった。
母犬は激しい葛藤の中で、コンクリートの床を大きな牙でかじりながら言った。
「ウウウッ! その子をお選びですか……ウウウッ! 可愛がってくださいね。大切にしてやってくださいよ……」
「大丈夫、まかせてください」
母親は安心したらしく牙をしまった。仔犬を乗せた私の真紅のフェラーリは関越道を稲妻のように疾走して帰途についた。3代目の仔犬を迎えたものの、ビオラを失った悲しみはやはり深く、幸せな犬との生活の後に必ず訪れる、辛い別れのシステムに怒りを感じていたのだ。私は心の中で叫んだ。
「何度も何度も何度も! 神もホトケもあるものか。俺を止められるものなら止めてみろ」
如何なる時でも男は泣いてはいけないが、犬との別れは涙がこぼれる。恥ずかしい男の涙をごまかす唯一の突破口は怒りだ。
私は仔犬にイリスと名付けた。もうお気づきだと思うが、私の歴代の雌犬の名は全て花の名だ。額に汗を心に花を。戦うように働くイヌバカ男の荒ぶる心を潤すのは、常に愛犬の花なのである。