第24回 「動物的人生相談」の時間です
文/野村潤一郎〈野村獣医科Vセンター院長〉
飼い主の女性がニコニコした顔で言った。
「おかげさまでチコちゃんはこんなに元気になりました」
診察台の上で白いチワワが尾を振っている。柴犬に頭を咬まれて片目が飛び出したのだが、飼い主の機転により眼球を失うことなく手術が成功したのである。「乾いてしまったらもう駄目だと思ったのです」と彼女は目玉を口に入れて唾液で湿らせながら病院に飛び込んできたのだった。
「視力も正常だし完治です」
「よかったあ……私みたいに片方が見えなくなったらどうしようかと思いました」
「え、そうでしたか……」
「実は同棲している彼の暴力でそうなりました」
私は獣医師だが普通と違って、込み入った話をしやすい雰囲気らしい。日々診療に当たっていると、動物医療とはかけ離れた相談を持ちかけられることがある。貧乏でほったらかしの幼少時を犬に育てられ、様々な艱難辛苦を乗り越えた犬人間だから、優しそうなケダモノに話す感覚なのかもしれないが。
「彼と別れるべきでしょうか……」
私は即答した。「別れましょう」
「でも良いところもあるんです」
「そもそもどんな理由があれ、雄が雌を傷つけることは生物の世界ではご法度なのです……」
本来雄の脳には女性と子供を守る本能だけでなく、暴力を振るわないためのブレーキ回路が備わっている。そしてこれは成長過程で睾丸から分泌される男性ホルモンの作用で成立する。これが足りない場合“男脳”に成熟できずに幼児性のある成体となり、残虐なDV男ができ上がるのだ。
怒るとモノに当たる男は女性と子供に手をあげる傾向があるし、こういう個体は雄同士の礼儀にも欠けるから出世もしない。ちなみに正常な睾丸を持つ雄は自信があるから悠々としていて、どんなに雌から攻撃されても反撃などせずに耐える。そして静かに去った後、他の優しい雌のところへ行くのである。
「犬の目玉を口に入れる貴女のような利口で母性に溢れる女性には、もっと男らしい男性が現れます」
「今日別れることにします!」
一件落着の瞬間であった。
2匹のトイプードルを抱えた男性がお菓子を持ってお礼に訪れた。
「先生の言うとおりにしたらアダムとイブは子宝に恵まれました」
「めでたいですね」
「仲が悪いから無理かと思っていました」
「二人とも飼い主さんを慕っていてヤキモチ焼きですからね。排卵後のチャンスを見極めるのがコツです」
犬は年に2回の排卵があり、受精適期以外は交尾をしない。DNAが99パーセント共通の人間とピグミーチンパンジーはコミュニュケーション手段として快楽目的の交尾をするが犬はそうではないのだ。
「ところで先生、僕は何で彼女ができないのでしょうかね……」
そら来た変な相談。
「頭が良いし健康そうだし稼ぎも良いのにね……」
「それって関係あるんですか」
「もちろんですよ」と私。
人間の女性は“三高”を求め、それらの条件を提示された男性は「ムカッ!」となるのが世の常だが、生物の世界では当たり前なのだ。つまり高学歴=頭が良い、高身長=健康、高収入=エサ取りが上手いと考えればわかりやすい。どれが欠けても生まれた子が育つ確率は低下する。
「でもアタックして成功した例しがありません」
私は彼の深夜アニメ好きっぽい顔を見逃さなかった。
「貴兄の性能は十分です。適齢の女性を探しましょう」
若すぎる雌は卵巣の機能が未熟であり、雄の本質を見抜けないのである。
ついでに言うと、繁殖適齢を過ぎた女性は男の筋肉と脂肪の区別がつかない。雄の生殖能力に興味がなくなるからだ。
「先生の筋肉スッゴ!」というのは若い人だが、対して「先生はデブになったねー」と笑うのは決まって年輩の女性だ。
男性はハッとした顔で言った。
「先生は鋭いですね。僕は少女っぽい女性が好きなんです。そして長い髪に惹かれます」
「雄が雌に求めるのは若くて妊娠しやすいスペックですが、若すぎる相手は精神が未成熟ゆえに受け入れてくれませんよ。レディースコミックを読んでヒョロい男に憧れるような女子はダメです。長い髪は長年にわたって健康だったという証拠だから惹かれるのはOKかな」
「ではどんな女性を誘えばよいのでしょうか」
「25歳のヘソ出しルックの女性です。あなたに会う時に結った髪を解いて見せたら脈ありです」
「ずいぶんと具体的ですね」
「結婚適齢期の女性がヘソを出していたら、『私のウエストはこんなにくびれているから卵子だって若いんですよ~、しかも他の雄の子を孕んでなんかいませんよ~、病気をしたことがないから髪もこんなにきれいですよ~』と叫んでいると思ってよいのです」
「先生、そんなことを言うと全人類の女性を敵に回しますよ!」
「だってそうなんだもん!」