スパイスの香りは脳を刺激して女性ホルモンを増加させる
更年期のゆらぎに効果があるスパイスの香りを探究する医学者の篠原一之先生とスパイスで豊かな暮らしを提案する「エピス ギンザ」オーナーシェフの朝岡久美子さんに、知られざるスパイスの香りの健康効果、その活用法を中心に語り合っていただきました。
長崎大学医学部 生理学第二講座 教授
篠原一之(しのはら・かずゆき)先生1984年長崎大学医学部卒業。専門は脳科学、内分泌、心療内科。女性ホルモンのバランスの崩れによる心身の不調を香りで緩和する研究・商品開発に取り組むとともに、香りを用いた女性の健康法を提案する。「エピス ギンザ」オーナーシェフ・スパイススタジオ代表
朝岡久美子(あさおか・くみこ)さんスパイス会社を経営する両親のもとで育ち、大学では農学部で食の根幹を学ぶ。「スパイスブレンドが織り成す香りと味覚」をテーマに、アカデミー事業、コンサルタント、講演などを通してスパイスの新たな魅力を発信。http://www.epiceginza.co.jp/大脳辺縁系にも作用して心を穏やかに落ち着かせる
「スパイス尽くしの暮らしのおかげなのか、更年期の不調がまったくありません」── 朝岡久美子さん朝岡 女性ホルモンに対する香りの効果に注目されたきっかけは何ですか。
篠原 赤ちゃんと母親の研究をしていたとき、赤ちゃんの匂いが母親の脳の報酬系と呼ばれる回路を活性化させることを知りました。母親の幸福感を高め、意欲を引き出し、不安を和らげて産後うつを改善させることもある。それで、赤ちゃんの匂いの代わりになるものを見つければ産後うつが治せると考えたのです。
朝岡 それがスパイスの香りだったと。
篠原 結論からいうと、そういうことになります。産後うつは女性ホルモンの低下によって引き起こされるため、その分泌を高める物質を探しました。産後うつに効くのなら月経前症候群や更年期障害への効果も期待できますから。
朝岡 幼い頃からスパイスに親しみ、長じてその香りを生かす料理を手がけてきましたが、健康面で香りを意識したことはなかったです。でも、いわれてみると月経前症候群も産後うつも更年期の不調にも悩まされたことがありません。
篠原 この効果をもたらすのは、黒こしょうのβ-カリオフィレン、カルダモンの1.8-シネオール、サフランのサフラナールという香気成分がよく知られています。
朝岡 サフランは、漢方的に「血の道症」といわれる婦人病によく効くからしっかり摂りなさいと母から教わりました。今では自分でサフランを栽培して収穫し、日常的に使っています。これらの香気成分はどのように体に作用するのですか。
篠原 鼻や口から入った香気成分は鼻腔上部にある嗅神経を刺激し、ホルモン分泌の中枢である脳の視床下部に作用するので、エストロゲンやテストステロンの分泌量が増えるのです。また、大脳辺縁系にも働きかけ、気持ちを切り替えます。
朝岡 体だけでなく心にも効く?
篠原 ハーブにも同じ効果があり、カモミールローマンやクラリセージの香気成分はオキシトシンの分泌を促し、幸福感を高めます。けれど、僕はハーブよりスパイスに惹かれます。嗅覚だけでなく味覚、触覚、温度に総合的に作用し、健康効果をより高めてくれるからです。
朝岡 温度にも作用するのですか。
篠原 皮膚や粘膜にある温度受容体をスパイスに含まれる成分が刺激することで脳が温感や冷感を感じます。唐辛子を食べると熱くなって汗をかくのはこのせいです。それにより血管が拡張し体内の血液循環がよくなり、ほてり、のぼせ、冷え症やむくみなどを解消できます。