松岡修造の人生百年時代の“健やかに生きる”を応援する「健康画報」 鎌倉駅から徒歩約20分。養老孟司先生のご自宅は、裏がすぐ山という自然豊かな地にあります。コロナとウクライナ侵攻、自らの大病と愛猫「まる」の死を経て、今、養老先生が考える「健康」「老い」「死」とは? 尊敬する“知の巨人”を前に、やや緊張しながら質問を重ねる松岡さんに、養老先生は終始温和な笑顔と静かな語り口で答えてくださいました。
前回の記事はこちら>> 「ここでいちばん賑やかなのはウグイスです」と養老先生。取材の間中、元気な鳴き声が聞こえていました。解剖学者/東京大学名誉教授 養老孟司先生
上着の襟に光る青いカブトムシのピンブローチは奥さまからの贈り物。養老孟司先生(ようろう・たけし)1937年神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。以後解剖学を専攻し、医学博士号を取得。東京大学教授、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。1989年に著書『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。2003年出版の『バカの壁』はベストセラーになり、新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞。近著に『子どもが心配 人として大事な三つの力』『まる ありがとう』『養老先生、病院へ行く』など。無類の昆虫好き。年を重ねるのは辛いことですか?── 松岡さん
「若い頃の自分や他人と比べない。そうすれば辛くなりません」── 養老先生
松岡 2年前に心筋梗塞で入院し、手術されたと伺いましたが、今はお元気そうで嬉しいです。
養老 おかげさまで調子いいです。4、5日前はだいぶへこんでいたんですけどね。女房に怒られて(笑)。
松岡 先生も怒られることがあるんですね(笑)。大きな病気をされたことで、考え方に変化はありましたか? ちょっとは自分を大切にしよう、そのために生活を変えよう、とか。
養老 いえ、全然変わりません。
松岡 全然ですか(笑)。でも、奥さまも周囲のみなさんも、先生に健康で長生きしてほしいと思われていますよ。
「僕にとって健康とはありふれた日常を大切に維持すること」── 養老先生
養老 それはよくわかっているんですが、寿命を自分でどうにかしようというのは、一種の思い上がりじゃないかと思うんですね。入院前と同じことをして、日常を維持しています。日常がいかに大切かは、コロナとウクライナ侵攻でよくわかりました。
松岡 はい。世界中の人たちが日常の大切さを痛感したと思います。
養老 人というのは大体、あまりないことに価値観をおくものなんですよ。「ありがたい」というのは滅多にないということでしょう? 壊れてみないと、ありふれた日常のありがたさがわからない。だから戦争が起きる。
時折、養老先生の言葉を反芻しながら、「先生は哲学者ですね」とつぶやいていた松岡さん。若い人たちには「死ぬな」と伝えたい
松岡 先生は若者たちに対しても精力的に講演活動をされていますが、いちばん伝えたいことはなんですか。
養老 若い人たちにいいたいのは、「死ぬな」ということ。今、日本では10代から30代の死因のトップが自殺です。講演で高校生に「死んじゃいけない」というと、必ずむっとして、「なんでいけないんですか」といい返してくる。死ぬのは自分の当然の権利で、奪われたくないと思うんでしょう。そう考えると、自分たちがつくってきた社会は若者にとってハッピーじゃないんだなと反省します。幼少期にあまり幸せな思いをしていないので、「人生こんなもんか」と思っている。小さい頃から贅沢をさせるからだという人もいますが、僕はそうじゃなくて、本当に幸せな思いをすれば、死のうという気にはならないと思っているんです。人生を見切ったようなことをいう若い人を見ると、説教をするより、自然の中で走ったり、虫を捕ったり、畑を耕してごらん、といってやりたくなります。
松岡 先生のように自然の中で体を動かすことが大事なんですね。
養老 大事です。現代は頭で考えたことを優先する社会になってしまって、体が軽んじられている。僕は「脳化社会」と呼んでいますが、問題なのは意識です。朝勝手に出てきて夜勝手に消えるけれど、なぜ意識がなくなるか、誰も解明できていない。定義も方程式もありません。そんなものを信用できるのかって話です(笑)。
松岡 いわれてみると、確かに意識ってつかみどころがないですね。
養老 母がよく「あんたは長生きしないと損だよ」といっていたんです。若いときに失敗を重ねながら頑張っているのを見ていたからなのでしょう。そうした投資がいつか何かの形で返ってくるまで生きていなさい。そういう意味だったんだと思います。
松岡 僕も先生がおっしゃっている言葉をぜひ子どもたちに伝えたいと思っているんです。「挫折を味わった人は、成功して、やった!と思える日まで長生きしろ」。みんな勇気が湧いてくると思います。