〔解説してくださるかた〕興地隆史(おきぢ・たかし)先生東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野 教授。1984年東京医科歯科大学歯学部卒業、1988年同大学大学院歯学研究科博士課程修了。同大学歯学部歯科保存学第三講座、1994年スウェーデン・イエテボリ大学歯学部客員研究員などを経て、2001年から新潟大学歯学部附属病院総合診療部教授、同大学大学院医歯学総合研究科口腔健康科学講座う蝕学分野教授を歴任。2015年から現職。2015〜2017年日本歯科保存学会理事長。歯が残せるようになった分、虫歯も増えていく
平成28(2016)年の歯科疾患実態調査では、35〜64歳では虫歯の全くない人は0.5〜2パーセントでした。虫歯の経験のない人がいかに少ないかがわかります。
一方、80歳で20本の歯を残す「8020運動」の達成者は51パーセントと過去最高でした。ただ、65歳以上では虫歯の数は以前の調査に比べ増加しました。
「歯の健康の重要性が認知されて予防や治療が浸透した結果ともいえますし、残っている歯の数が増えて虫歯も増えるということでもあります。高齢になってから健康であった歯が初めて虫歯になるケースもよく見られます」と東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 口腔機能再構築学講座教授の興地隆史先生は話します。
口の中が酸性に傾いたままで、歯の成分が減るのがきっかけ
虫歯は歯が酸で溶かされた状態です。口の中はふだんは中性ですが、食後には酸性になり、歯の最表面のエナメル質からカルシウムイオンやリン酸イオンが溶け出します(脱灰/だっかい)。その後、唾液が酸を中和して元の中性に戻ります。
その際に唾液中のカルシウムイオンやリン酸イオンがまたエナメル質に戻ります(再石灰化)。このサイクルがうまくいかず、酸性に傾く時間が長いと歯のエナメル質が薄くなり、やがて虫歯になります。
口の中が酸性に傾く主な原因は細菌感染です。かつてはミュータンス菌が口腔内の糖質を栄養分とし、酸を産生するとされてきましたが、現在ではより強い作用を持つさまざまな細菌がいることがわかっています。
これらの細菌は自らが作るグルカンとともに歯垢(プラーク)となり、歯の表面やすき間、歯肉との境目の歯周ポケットにたまります。歯垢が固まると歯石となり、ブラッシングでは取れなくなってさらに細菌が増えます。
虫歯にはほかにも多様な要因が作用します。歯のブラッシングが不足あるいは不適切、甘い物をよく食べる、義歯や歯の矯正器具の装着、糖衣錠(トローチ)や飴を常に含んでいる、ワインやコーラなど酸性の強い飲食物をよく摂る、ある種の薬・加齢・シェーグレン症候群のような病気が引き起こす唾液の分泌の低下などが挙げられます。また、歯垢に共存する別の細菌による歯周病も関連します。
大人の虫歯の特徴
●すでに治療した歯の詰め物の境目が虫歯になりやすい
●歯内治療をやり直さなければならないケースもある
●歯肉が下がり、露出した歯の根元に虫歯ができやすくなる
●服用している薬の副作用や持病、加齢で唾液が減るのもリスクになる