連載・季節の賞翫（しょうがん） 飾り花　上巳の節句──桃や菜の花、蓮華草で春を寿ぐ

3月　飾り花を雛人形に見立てて

文＝岡田 歩（造花工藝作家）

梅の香りが冬の終わりを告げ、枯れ葉の中から草花の芽が顔を出し始めると、空気の和らぎとともに日増しに春の気配も色濃くなってきます。

桃の花の蕾が膨らみ始めるこの時季に想いを寄せ、春を寿ぐ気持ちを込めて桃の節句花をこしらえました。上巳の節句を迎えるあたりを境に、花の勢いも増し、春風とともに身も心も軽やかに華やぎます。


私は花の作家ですので、明けても暮れても花のことで頭の中がいっぱいで、四六時中そのことばかり考えて日々を過ごします。作品制作の造詣を深めるために植物にまつわる内容の書籍にも多く目を通すようにしています。

また花屋さんに足を運んでは、店に並ぶ花の中からテーマを決めて花材を選んで飾るなど、可能なかぎり植物に直接触れ、草花や木を識るように心がけています。

正絹でこしらえた桃の枝、菜の花、蓮華草。花雛様をイメージして上巳の節句の飾り花にしました。上巳の節句の代表的なお菓子に菱餅がありますが、菱形には「子孫繁栄」「無病息災」「不老長寿」の願いが込められています。菱文様を3つ合わせると六角の亀甲形になりますので、花器に見立てた利休袋は白い布を六角形に一度裁断してから亀甲文様になるように手縫いで継ぎ、刺し子のようにステッチを施しています。

街中に住んでいますので原生的な自然に触れる機会は少なく、周りは人の手により管理されている自然がほとんど。庭園や街路樹などの植物を眺めて楽しんでいましたが、近頃、庭仕事をすることに喜びを見いだしました。種子や苗から植物を育て日々の成長過程を観察するようになってからというもの、ただただ、植物の個性の多様性に驚かされるばかり。

同じ時期に同じ場所にまいた同じ品種の種であったとしても、根を張る前のまだ草丈もない頃に我先にと花を咲かせる株があったり、または株ばかりが大きくなって、旬の終わり頃にようやく花をつけ、一人優雅に悠然と花を咲かせたり……と植物の個体差はそれぞれです。その上、品種が異なればなおさらのことで、まるで人と接しているような気持ちになってしまいます。

菜の花の葉は縮緬状になるようにピンセットを使用して細工を施し、蓮華草は小指の爪先ほどのサイズの花びら一枚一枚を微妙なグラデーションに染めています。桃の花枝は、一歩間違えると梅や桜の花のようになってしまうので、その点を配慮し表現することに骨を折りました。

太古からの伝説や神話には、精霊たちが、植物から人の姿に、または人間から植物に化身してしまうストーリーがあります。木々や草花の持つ特性に個々の人間の持つ性質を重ね合わせ擬人化してみたくなるのは自然な流れで、古今東西に共通する普遍的なテーマのように思います。

一説によりますと、雛人形ももともとは草花や木々の枝、藁などで作った人形（ひとかた）に身や心の穢れを移し厄祓いしていたものが、やがて紙や土で作られるようになり、現在の姿になったという話もあるようです。

いつの頃だか思い出せませんが、細見美術館所蔵の鈴木守一「桜下花雛図」を拝見し強い感銘を受けました。ご存じの方も多くいらっしゃると思いますが、菜の花を男雛、蓮華草を女雛に見立て、描表装（かきびょうそう）に枝垂れ桜と犬の張子が描かれた一幅のお軸です。

上巳の節句の画題として、立雛図が数多く描かれていますが、草花を擬人化し人形に見立てた日本美術を拝見したのはその時が初めてでしたので、私の心に色濃く残り、「いつか自分なりの雛飾りを作ってみたい」と思いを巡らすようになりました。