桜花爛漫 桜を守り、伝えるということ 最終回(全12回) 春が来るたび、私たちの目を楽しませ、心癒やしてくれる桜。地域の子どもたちからプロフェッショナルまで、私たちの“宝”を守り、未来に繫げる桜守の物語とともに、とっておきの桜絶景をご紹介いたします。
前回の記事はこちら>> 造幣局に見る、三熊派が描いた古桜・里桜たち
18世紀に、三熊派の絵師たちが見たのと同じ桜を現代の私たちは見ることができます。200年にわたって連綿と伝え、受け継がれた桜を、品種の宝庫、造幣局で観賞しました。
普賢象(ふげんぞう)
「室町時代から京都にある桜で、花の中から葉化した2つの雌しべが突き出し、その先端が屈曲します。その状態が、普賢菩薩の乗る象の鼻に似ているので、この名がつけられました。花は淡紅色で、開花が進むにつれ白色となり、花弁数は20~40枚」
塩竈桜(しおがまざくら)
「宮城県塩竈市・鹽竈神社にあった八重桜で、大輪の花が密生して咲きます。花は淡紅色で花弁数は35~50枚で縦しわがあり、先端は切れ込みが多く、雌しべが緑色葉化しています」
有明(ありあけ)
「淡紅色の花で、八重と一重が混じって咲く大島桜系の里桜で、芳香に富んでいます」
図版3点/広瀬花隠筆 桜花三十六品色紙短冊貼交屛風より(西宮市笹部さくらコレクション:白鹿記念酒造博物館寄託)桐ケ谷(きりがや)
「鎌倉桐ケ谷にあった大輪の花で、紅色の一重八重の美しい品種です」
図版/織田瑟々 桐ケ谷真図(西宮市笹部さくらコレクション)衣笠(きぬがさ)
「京都・平野神社境内にあった一重桜で、花は淡紅色です。神社の後方には、衣笠山と呼ばれる山があり、発祥地との説もあります」
図版/広瀬花隠筆 六々桜品(白鹿記念酒造博物館蔵)芝山(しばやま)
昭和12年の「造幣局構内櫻樹種類調」(笹部さくらコレクション)によると38本植えられた記録が残るが、明治時代の一時期、最多本数を誇った品種。「東京荒川堤にあった一重の桜で、つぼみは極淡紅色で、開花後白色となり少し香りがあります」
図版/広瀬花隠筆 六々桜品(白鹿記念酒造博物館蔵)日本に自生する野生種の桜は、山桜、大山桜、大島桜、豆桜、江戸彼岸など10種程度が基本種。それに対し、人の手により、園芸用に開発された栽培品種、“里桜”は、その数200とも300ともいわれますが、優れた園芸品種の多くは“博物学”が隆盛を極め、品種の改良技術が発達した江戸時代に創造されたものです。
しかし、今日、最もポピュラーな品種「染井吉野」を含め、里桜の中には、自分では種を残すことができず、人の手を介さない限り、途絶えていくものも多いのです。上に挙げた「普賢象」は、室町時代から知られた古い品種ですが、500年にわたり、接ぎ木によって残っている奇跡のような品種です。
明治期、幕藩体制が崩壊し、大名庭園が荒廃すると里桜の品種が激減したといわれますが、それを憂いた当時の賢明な桜愛好家らの力により、東京の荒川堤に優れた名品種が保全され、それが今日に受け継がれているといいます。
江戸時代中後期に三熊派の画家が、全国を旅し、その目で丹念に観察し、花・枝・葉・幹に至るまで描き分けたのと同じ“桜”を、200年の時を経て、私たちが見ることができるのは、時々の名もなき桜守たちが、連綿とその品種を絶やさず受け継いできたから。
将来の日本人の美意識のために――
桜狂の先人たちに感謝しつつ、桜咲く景色と、桜狂の民族としての自覚を大切に伝え継いでいきたいと思います。
Information
酒ミュージアム(白鹿記念酒造博物館)
令和5年春季展 笹部さくらコレクション
「桜を描く ―三熊派の流儀―」開催
- 今回紹介した、桜ばかりを画題として選び、江戸時代中後期の約60年間という短い期間、京都を中心に活動した「三熊派」が描いた桜の掛軸を中心に展示。 会期/3月18日(土)~5月28日(日) 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで) 休館日/毎週火曜日 ※4月24日(月)は一部展示入替のため記念館展示室は観覧不可。 入館料/ 一般500円、中・小学生250円 ●お問い合わせ/ 兵庫県西宮市鞍掛町8-21 白鹿記念酒造博物館 TEL:0798(33)0008 公式HP:http://sake-museum.jp/
撮影/本誌・西山 航 桜画・肖像写真すべて/西宮市笹部さくらコレクション:白鹿記念酒造博物館寄託
『家庭画報』2023年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。