アンリ・マティス 希望の色と光 第4回(全6回) 世界中の人々の心を捉えて離さない20世紀を代表する画家、アンリ・マティス。作風や技法を常に変化させ、彫刻やステンドグラスを含め多くの作品を遺した偉大な芸術家が創作し、暮らした地を辿り、なぜ私たちがこんなにも彼の作品に惹かれるのかを探究します。
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ロザリオ礼拝堂(ヴァンス)会衆席の背後に掲げられた《十字架の道行》。その過酷さを表現するため、マティスは敢えて荒々しい筆致で描いたという。ニースから車で30分ほどの小高い丘の住宅地に建つ礼拝堂を、マティスは“生涯の傑作”と自ら評しました。
「それは、ドミニコ会の若い修道士、ルイ=ベルトラン・レシギエ修道士との出会いから始まりました。この礼拝堂の設計監修はル・コルビュジエの師であるオーギュスト・ペレが担当しましたが、設計そのものは、マティスの意を汲んだレシギエ修道士によるものです」と話すのは、ドミニコ会のマルク・ショヴォー修道士。礼拝堂隣にあるミュージアムの監修も務めています。
マルク・ショヴォーさん(ドミニコ会修道士、美術史家)リヨン郊外にあるル・コルビュジエ設計のラ・トゥーレット修道院に所属。同院での展覧会のキュレーションも務める。「マティスがこの礼拝堂を構想したのは、テリヤード社から精力的に本を出版した時期のすぐ後。彼は空間を本の見開きに見立て、タイル画とステンドグラスを向かい合わせて配置しました。黒で描かれたタイル画は、修正のきかない一発勝負。目をつぶっても描けるようになるほど、何度となく習作を繰り返しました。特に冬の午前中の低い光を受けると、タイル画にステンドグラスが美しく映り込み、空間全体が色と光で満たされます」。
影のない、色と光だけの明るい空間は、意外なほど眩しさを感じさせず、祈る人をふんわりと優しく、温かく包み込むかのようです。この境地こそが、マティスが求めていた歓びなのかもしれません。
左・《聖ドミニコ》の正面に位置する修道者席内の自席に座る修道院長のシスター・ベルナデット。マティスが意図した本の見開きのような位置関係にある。「顔を上げると、常に正面の《聖ドミニコ》が目に入ります。やはり午前中がとても美しいですね」。右・祭壇横の《聖ドミニコ》像。マティスがデザインした祭服。季節や祝日によって6種類あり、それぞれ2着ずつを礼拝用、展示用としている。6着の中には葬儀用の黒い式服も含まれる。写真はエピファニー(顕現祭もしくは公現祭)に着用するもの。《聖母子像》。会衆席を挟んで向かい合う椰子の木のステンドグラスが映り込む。手前中央、白壁に青い屋根の建物が礼拝堂。右隣のオレンジ色の屋根がミュージアム、左隣の塔のある建物が、シスター・ベルナデットが暮らす修道院。ロザリオ礼拝堂Chapelle du Rosaire
466 avenue Henri Matisse,
06140 Vence
TEL:+33 4 93 58 03 26
http://chapellematisse.com 撮影/小野祐次 取材・文/安藤菜穂子 コーディネート/大島 泉 協力/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館 ポンピドゥー・センター 朝日新聞社 NHK NHKプロモーション アンリ・マティス財団(Succession H.Matisse)
『家庭画報』2023年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。