8月 生命の営みに思いを馳せて
文=岡田 歩(造花工藝作家)
蓮の葉に転がる雨露が陽の光を浴びて、珠のように煌めく季節になりました。
日本各地で先祖供養の法要が執り行われ始めるお盆の頃に、夜明けとともに、蓮が清らかな花を咲かせます。盛夏の頃に花どきを迎える蓮は、お盆に欠かせない植物です。
花、花托、葉、実、根……すべての部位に捨てるところがないといわれている蓮の花。生薬や食材、香料や染料など、様々なものの原材料として用いられます。そしてお盆の時期には、その大きくつややかな葉はお供えものの器となり、ほんのりピンクに色づいたふくよかな花びらは法要の「散華(さんげ)」に使用されます。
中国の碩学・周敦頤(しゅうとんい)の『愛蓮説(あいれんせつ)』に「蓮は汚泥より咲き出でても、その泥には染まらず(中略)花の香りは遠くまで清らかに漂う」と書かれているように、蓮の清雅な美しさと崇高な佇まいは、人々に高尚な心象を与えます。ひとひらひとひらに祈りの心を重ね、蓮の花びらの飾り、私なりの散華をこしらえました。
蓮の花びらが主題の作品です。荘厳の気持ちでこしらえました。柔らかい白色と淡いピンクにぼかし染めした2つの蓮の蕾を器に添えています。散華は、「法要の時に仏様を供養するために花を撒くこと」といわれています。もともとは、その時季折々の花や葉を用いていたそうですが、現在では、極楽浄土の花といわれ、仏教を信仰する人々にとって非常に関わりの深い蓮の花弁を模った、紙製の花びらを散華することが多くなっているようです。また、紙製の蓮弁(れんべん)そのものを散華と呼びます。
仏教で「荘厳(しょうごん)」とは、仏像や仏堂を厳かに飾ることを意味しますが、「信は荘厳より生ず」という言葉があります。荘厳によって菩提心が強く芽生えることで、己を深く見つめ、気づきを得ることができるという教えではないでしょうか。
地染めした蓮の花びらに、ひとひらひとひら、絵筆を用いてガッシュで装飾模様を施しました。その後、筋を入れるコテを用いて細工をし、仕上げに先端が直径5cm以上ある鉄球状のコテを用いて、丸みをつけました。私はご先祖さまや故人を偲ぶと、感謝の気持ちとともに、あらためて命の尊さについて考えさせられます。いまこの世に私たちが生きているということは、地球に生命が誕生してから、一度たりも途切れたことのない命の連鎖があると思うからです。そして、それぞれに関わる他者との繋がりにより、すべてがここに在るのです。季節の繰り返しとともに、幾度も花を咲かせる木々の花や草花たちも同様。人智を超えた生命の営みに、畏敬の念を覚えざるを得ません。
神仏に供える花は祈る心の形象といわれていますが、それは、身近な人に心を込めて花を贈るときと、どこか似ているように思うのです。
岡田 歩(おかだ・あゆみ)
造花工藝作家
物を作る環境で育ち幼少期より緻密で繊細な手仕事を好む。“テキスタイルの表現”という観点により、独自の色彩感覚と感性を活かし造花作品の制作に取り組む。花びら一枚一枚を作り出すための裁断、染色、成形などの作業工程は、すべて手作業によるもの。
URL:
https://www.ayumi-okada.com 撮影/大見謝星斗 スタイリング/阿部美恵 撮影協力/
銀座一穂堂