谷松屋戸田商店 季節の茶花 谷松屋十三代目当主の戸田 博さんが、茶席の花について語ります。8月の花は「盛夏の緑」です。
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さまざまな葉っぱで花レッスン
語り/小林 厚
盛夏の折、緑豊かな伊豆に来ています。私の花の師で、戸田(博さん)とも親交の深い稲葉 京(いなば たかし)さんの住まいで花を入れました。
庭に生い茂る真夏の濃い緑を背景に、リビングのテーブルの上に花器を据えて、花づもりをする小林 厚さん。用いる植物を花器に添わせながら、全体のバランスを確認し、高さや量を調整してゆく。前回に引き続き伊豆の山居にて、山の気が届く早朝のさわやかなひととき。この時季の茶花といえば可憐な草花が多くなりますが、今回は生活空間で緑の葉っぱを中心に入れています。花だけではなく植物の葉の美しさにも惹かれるのです。葉っぱだけのひと枝をどう生かすか、葉だけの数種類を混ぜてどうリズムをつくるか、楽しみ方はいくつもあります。
枝物だけではなく、芒(すすき)や石菖(せきしょう)など細くまっすぐに伸びた草の葉も面白いですね。とくに芒は涼しげで、葉だけでじゅうぶん美しい。茶席で複数の草花と一緒に用いるのをよく見ますが、日常の花であれば、あえて芒の葉だけを入れてみる。花器や空間とのバランスを考えながら、葉の分量やラインをどう生かすか考えていくのです。
このようにシンプルな花材と日々向かい合うことは、茶席の花を入れる際にも役に立つと思います。
二種の枝物の異なるライン力強い壺に支えられ、生き生きと伸びていく藤の実、青楓
信楽壺 室町時代
緑の枝物だけで「花」を楽しむ例。口の欠けた信楽の古壺に、実をつけた藤の曲がりくねった枝と、規則性を持って葉を広げる楓の枝を入れる。藤が楓を、楓が藤を生かして、双方が互いの魅力を引き出す。稲葉さんは、暮らしの中で毎日花を入れておられます。それは知り合った30年以上も前から今も変わらずで、私はその姿から多くのことを教わりました。その中でも大きなポイントの一つが「花にも陰と陽がある」ということ。陰陽の思想は日本文化のさまざまなところに内包されており、茶の湯も例外ではありません。
花にも同じことがいえるのです。花を入れる時、陰と陽の要素を合わせていく。陰だけでも陽だけでも美しくない。こういうと「どれが陰で、どれが陽でしょう」という質問が来そうですが、これが陰、これが陽という決まりはないのです。その人が持つ感覚的なもの、常に陰陽を「意識すること」が大切。
シンプルな砂張の器に葉二種で表現する豊かな世界夏櫨(なつはぜ)の葉、蘭(らん)の葉
砂張 インドネシア・10世紀
古いインドネシアの木製台に筒形の砂張を置き、夏櫨と蘭の葉を入れる。形も色も異なる2つの葉が魅力を引き出し合うさまは、小林さんのいう「陰と陽」のわかりやすい例。花を使わずとも植物の命の美しさが表現されている。たとえば私は石菖にはどちらかというと陰の要素を感じるので、明るい花材を合わせます。そこに枯れ枝を加えるのはちょっと違うと感じる。陰に陽の要素を入れると、光を放つというか、命が宿る。その光が陰の存在感も強くする。どちらもが生かされるのです。これは花と花器の関係にも当てはまります。常に陰陽を意識することで、ただ花を入れるという行いがどんどん変化していくのです。