恩師・小澤征爾の想いを今再び、受け継ぐ
創立から半世紀の歴史を携え、佐渡音楽監督とともに新しい一歩を踏み出す新日本フィル。この100人余りの団体を束ね、引っ張っていくのも佐渡さんの仕事。佐渡 裕さん(さど・ゆたか)1961年京都府生まれ。故レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。1989年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。パリ管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団など海外でも多数指揮。現在、オーストリアのトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督、国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者、2023年4月より新日本フィルハーモニー交響楽団第5代音楽監督。●佐渡 裕指揮の新日本フィル定期演奏会は、2023年10月28日(土)すみだトリフォニーホール、10月30日(月)サントリーホール、2024年1月19日(金)サントリーホール、1月20日(土)すみだトリフォニーホールにて行われる。身近なオーケストラとして音楽の面白さを届けたい
「オーケストラというのは、何十人ものたくさんの人間が全力で本気で弾いて、吹いて、叩いている、そこがいちばんの魅力だと思うんです」
そうおっしゃる佐渡さんの原点のひとつに、テレビの伝説的音楽番組『オーケストラがやって来た』があるといいます。小学生の佐渡少年が「毎週ワクワクしながら見ていた」番組で演奏していたのが、創立間もない新日本フィルでした。
司会の山本直純さんの愉快なトーク、指揮台に立つ小澤征爾さんの「すごくかっこいい姿」とともに、「オーケストラってこんなに身近なものなんだ! 音楽って面白い!」と昂(たかぶ)った気持ちを、鮮明に覚えているそうです。
小澤征爾さん。©Shintaro Shiratori1972年、若き二人のカリスマ指揮者、小澤征爾、山本直純が「一緒に音楽をやろう!」と呼び掛けて、集った音楽家たちによって誕生したのが、新日本フィルハーモニー交響楽団です。
小澤征爾さん。©M.Okubo「学生の頃は京都から夜行バスで聴きに行きました。その憧れの小澤征爾、そしてバーンスタインに会いたい一心でタングルウッド音楽祭のオーディションに応募、二人のレッスンを受けられたことから僕の指揮者人生が始まります。翌年には、新日本フィルのハイドン交響曲全曲演奏会で振ることに。子どもの頃から憧れたオーケストラの指揮台が、デビューの場となりました」
2007年、ベルリンの楽屋での小澤さんと佐渡さん。小澤征爾への憧れから始まった、指揮者への道。「僕らの世代はまさに、小澤さんが開いてくれた道を歩いている。海外で日本人指揮者が活躍できるのは、セイジ・オザワがいるからこそ。そして、オーケストラは自分たちのホールを持つべきという小澤さんの志が、新日本フィルを支えています」。運命の糸はつながっていきます。1989年に仏ブザンソン国際指揮者コンクールで見事優勝した佐渡さんは、翌年凱旋公演で再び新日本フィルを指揮。
1990年9月、新日本フィル定期演奏会デビュー。バーンスタインのもとで勉強したマーラーの「交響曲第6番」を指揮。深夜まで勉強する日が続いた。29歳。指揮者として初めてのポストを得たのも、新日本フィルでした(1992〜95年)。そして新日本フィル51年目の新たなスタートの年に、佐渡さんが音楽監督を担うという巡り合わせ。
最初の定期演奏会に選んだ交響曲は、フル編成で奏でるR.シュトラウス『アルプス交響曲』。渾身の指揮で、壮大な音の風景を描き出す。「小澤先生がつくりあげた、ものすごい熱のこもった音、音楽の魂のかたまりのような遺伝子が新日本フィルにはあります。そして、すみだトリフォニーホールという本拠地を持つオーケストラであること。よい音楽をつくるのはもちろん、すみだの街の人たちに音楽の面白さを具体的に届けるのが、僕のミッションだと思っています。地域に密着してこそ文化。うれしい時も悲しい時も、すぐ近くに自分たちのオーケストラがある、とより多くの人に思ってもらえる存在になるために」
本番直前の濃密なリハーサル。各パートを丹念に確認しながら、思い描く響きに向け全員の集中力を高めていく。佐渡裕がつくる“新日本フィルの音”。すでに兵庫県立芸術文化センター芸術監督として20年以上、街とともに歩み続けてきた佐渡さんならではの想いです。さらに、ウィーン楽友協会を本拠地とするオーストリアの伝統あるトーンキュンストラー管弦楽団での経験(2015年〜音楽監督)。3拠点で非常に重い責務を背負いながら、世界中をまさに飛び回る日々。
「何百年も続いてきたとっても魅力ある音楽を、豊かな音響のホールで生のオーケストラで聴くことの喜び、そこに大きな感動があるという確信が、ずっと僕の中にあるからでしょうね。オーケストラってものすごく面白い! そこには揺るぎない自信があります」
撮影/鍋島徳恭、猪俣晃一朗 スタイリング/大八木美和〈クレッシェンド〉(佐渡さん) ヘア&メイク/稲垣直美〈クレッシェンド〉(佐渡さん) 取材・文/内海陽子 佐渡さん衣装/Utsubo Stock
『家庭画報』2023年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。