治る力 現代人は医療や薬に頼りすぎて、もともと備わっている自然治癒力が減退しているといわれます。“治る力”を活性化するにはどうしたらよいか、専門家にお答えいただきます。
記事一覧はこちら>> 東邦大学名誉教授・セロトニンDojo主宰
有田秀穂(ありた・ひでほ)先生
東京大学医学部卒業。東海大学医学部で臨床に携わり、筑波大学基礎医学系で呼吸の脳生理学を研究。2013年より現職。うつなどの精神的な悩みを抱える人に、セロトニン活性のための革新的なトレーニング法を指導、患者本位の診療を行う。著書に『「脳の疲れ」がとれる生活術』(PHP研究所)、『50歳から脳を整える』(成美堂出版)、『自律神経をリセットする太陽の浴び方』(山と溪谷社)など多数。脳内ホルモンを活性化する(1)
心身を整え、治癒力を高める脳内ホルモンは心や体に効く“天然の薬”
私たちの脳から分泌されるホルモン様物質や神経伝達物質などは、心身の健康を保つために働いてくれています。
脳科学者の有田秀穂先生に、治る力のもと、脳内物質について、3回連続で最新のお話をうかがいます。
喜怒哀楽の感情は脳内ホルモンが司っていた!?
私たちの脳からは、心身の情報を血中から全身に伝えるホルモンと同様の働きを持つ、メラトニンなどのホルモン様物質や、神経細胞間に情報の伝達を行うセロトニンなどの神経伝達物質など、約100種類以上の脳内物質が分泌されています。
一般にメラトニンを睡眠ホルモン、セロトニンを幸せホルモンなどと呼ぶことから、脳内物質全般を“脳内ホルモン”としてお話ししていきましょう。
さて、私が脳科学の研究に携わる以前、学園紛争の盛んなときに大学が1年間休講、友人と放浪の旅に出たことがあります。主に日本海側の海を素潜りして回りながら、イルカのように海中を泳ぎ、浜辺では潮風に吹かれ無心で海を眺める、そんな心地よさを満喫した1年でした。
当時から、人はなぜ自然の中ではこのように心の平安が得られるのかという命題が脳裏から離れず、その答えを見つけるべく、セロトニンやオキシトシンなどの脳内ホルモンの研究に没頭。
その後も脳科学の分野で研鑽を積むうちに、喜怒哀楽の感情や意識さえ、大脳の中央にある脳幹の奥の神経細胞群から発信されていることが、科学的にも証明される時代になってきました。
怒りや喜びの感情が高まるとその部位の活動が増加し、うつうつとして落ち込むときは活動が低下します。この神経細胞群こそ、ドーパミンやノルアドレナリン、セロトニンなどの脳内ホルモンが作られる場所。
ドーパミンは快感や心地よさを得たいという意欲を生みますが、過剰に分泌されると、飲酒や薬物、ギャンブルなどの依存症を誘発します。ノルアドレナリンは生存機能の土台で、危険を瞬時に察知し、回避行動を起こしたり、ストレスに反応し、怒りや不安、恐怖などの感情を生み出します。
そして、これらの物質たちの暴走をコントロールする調整役がセロトニンで、治癒力にもかかわる神経伝達物質です。
昔、放浪の旅で得られた安定した心の状態は、自然との触れ合いの中でセロトニンが活性化したおかげであったと、今は納得できます。どんな経験も無駄ではなく、すべては脳科学研究への布石だったと思えてなりません。