お医者さまの取扱説明書 総合内科医の尾藤誠司先生に、患者と医師の良好コミュニケーション術を教わります。
記事一覧はこちら>> 介護にあたる家族は日々さまざまな健康問題に直面し、その都度、医療や介護サービスを頼ることになります。両者の境目は明確ではないのですが、「どのような場合に医療が必要か」は前もって頭に入れておきたいもの。同時に、医療が無力だったり、施すことが必ずしもよくない状況があることも知っておきましょう。
尾藤誠司(びとう・せいじ)先生1965年、愛知県生まれ。岐阜大学医学部卒業後、国立長崎中央病院、国立東京第二病院(現・東京医療センター)、国立佐渡療養所に勤務。95年〜97年UCLAに留学し、臨床疫学を学び、医療と社会とのかかわりを研究。総合内科医として東京医療センターでの診療、研修医の教育、医師・看護師の臨床研究の支援、診療の質の向上を目指す事業にかかわる。著書に『「医師アタマ」との付き合い方』(中公新書ラクレ)、『医者の言うことは話半分でいい』(PHP)ほか。「食べない、飲まない、出ない」は医療を必要とする状況
高齢者の日常には、明らかな病気といえないまでも状態の変化や普段と違う様子がしばしばみられ、家族が、医師に相談すべきか介護スタッフを頼るべきか迷うケースも生じます。
身体や認知の機能が低下するにつれ、その境目は曖昧になっていきますが、尾藤誠司先生によると、「医師が“この状況は医療が必要”と見極める基準の1つが、放っておくと健康状態が悪化する恐れがあり、医療行為を行うことで改善や現状維持が期待できる場合です」とのこと。
たとえば食事や水分が十分にとれないとき。そのまま何もしないと栄養失調や脱水状態を引き起こして病気の引き金となり、場合によっては命にかかわる恐れもありますが、点滴などの医療行為で状態を改善することができます。
また便秘や下痢、尿が出ない、などの症状も同様。“食べて排泄する”という人間が生きるうえでの基本的な機能がうまく働かないのは健康悪化のサインであり、医療の介入が必要な状態といえます。
一方、家族は医療を頼りたくなるけれど、病院や医師は手を出しにくい状況があります。それは、年齢とともに全身の機能が徐々に衰え、ついに寝たきりになったとき。
「こうなると医療の力で機能を回復させて歩ける状態に戻すことは難しくなります。また、自宅介護が厳しくなった場合の受け皿は介護施設であり、それを病院に求めるのは現実的ではありません。
入院による治療効果が期待できて、退院のめどがつくことが入院許可の条件だからです。医師には、寝たきりの状態に至る前の筋力維持や栄養改善などについて相談するほうが賢明です」
医療的手段を行うことが必ずしもよいといえない難しさ
医療的手段が存在しても、行うことが本人にとって望ましいといいきれない難しいケースがあります。暴力や暴言、幻覚など認知症周辺症状への対応はその1つです。
「薬で症状を抑えることができないわけではありません。しかしそれらの薬はエネルギーを抑え込み、感情を麻痺させ、元気をなくす方向に作用するものが多く、人間らしさを失わせるともいえます。
大事なのは、本人と、ケアする家族や周囲が不幸にならないこと。人が年齢とともに変わっていくことを無理に止めようとすると、必ずどこかに何かしら悪い影響が及ぶことを頭に入れて、よく考えたうえでの対応が必要です」
介護中、家族には「つらい」「なんとかしたい」「できるかぎりのことをしてあげたい」などさまざまな感情が湧いてきます。
漠然とした思いをそのまま医師に伝えると、医師は医師なりの立場で解釈し、検査や薬など医療的手段を積極的に使おうとする傾向があります。
本人や家族が何を希望するのか、より具体的な言葉で話すことが大事です。