文=福岡伸一(生物学者)
コロナから学ぶべきこと。それは「ピュシスの歌を聴け」ということだと思う。ピュシスとはギリシャ語で自然。その対義語は、言葉や論理を意味するロゴス。近代社会は、ロゴスの力で、文明、都市、情報インフラを作ってきた。
いつしかヒトは、ロゴスに守られ、ロゴスの力ですべてを制御できると思うようになった。しかし、ロゴスの格子から漏れ出てくるものがある。それがピュシスだ。
生、死、性、病、そしてウイルス......ロゴス(言葉や論理)の力で、個体の生命の価値や基本的人権を作り上げたヒトだが、生物としては、きわめてひ弱な存在である。
病や死に怯え、都市や社会の中で守られてしか生きることができない。また、性欲や食欲、排泄といったピュシス(本来の自然)をコントロールすることもできない。
ヒトという生物は、ピュシスとロゴスのあいだを右往左往しながら、ポストコロナの生命哲学を探し続けるしかない。
『家庭画報』2022年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。