文=柳田邦男(ノンフィクション作家・評論家)
木々の新緑がみるみる濃くなるなかで、午後の散策の途中でふと気づくと、道端の雑草の中に、ユウゲショウのちっちゃな清楚なピンクの花がいくつも、つぶらな瞳のように、「わたしはここよ」と、こちらを見つめている。
「あ、また逢えたね」と、私は胸をときめかせる。私が大切にしている心の解放のひとときだ。ヒルザキツキミソウのあの淡い紫がかったピンクの花とも、もうすぐ再会できるなと、1年前に毎日逢う瀬を楽しんだ一角に目をやる。思春期の少年時代に戻った気分だ。
ふと思う。街も森も広大な畑も、無残に破壊されていくウクライナの凄惨な光景を。道端の雑草の可憐な花を愛おしむことができるとは、平和のありがたさの象徴ではないか。今こそ歌おう。<花はどこへいった>── と。
『家庭画報』2022年8月号掲載。
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