不安な時代を乗り切るメッセージ「心をつなぐ言葉」 第3回(全7回) 当たり前だと思っていた日常や、世界の情勢はどうなっていくのか―。家庭画報ではそんな時代を生き抜くため、“心をつなぐ”をテーマに、そのヒントを探しました。見えてきた一つのキーワード、それは「思いやり」です。識者のかた、それぞれが考える、私たち一人一人に求められる「思いやり」を紐解いていきます。
前回の記事はこちら>> 「あの日々は無駄ではなかった。
いずれそう思えるように生きること」
──解剖学者 養老孟司さん
養老孟司(ようろう・たけし)さん1937年神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学の道へ。95年に東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。『唯脳論』『バカの壁』『遺言。』など著書多数。現在は執筆、講演活動、虫の蒐集、愛猫"まる"との時間を楽しむ毎日を送る。人生はいつだって先のことはわからない
最近、「先が見えなくて不安」という声をよく聞きますが、これは当たり前のことなんですね。こういう事態にならなくても、人生なんて先のことはわからない。そうでしょう? 不安だというのは、人生を1度も真面目に考えたことがなかったからです。
新型コロナウイルスは長い目で見れば小さな問題です。いつになるかはまだわかりませんが、いずれは収まります。大半の人が抗体を得て集団免疫を獲得するか、重症化しないための薬が開発されれば、極端な話、うつっても構わない状況になりますから。
こうしたことはペストが流行した中世の頃からずっと人類は繰り返してきましたし、これからも繰り返していきます。というのも、実はヒトゲノム(ヒトの全遺伝情報)は40パーセントがウイルス由来といわれ、ウイルスは生物の細胞があるから増える。コンピュータにコンピュータウイルスがつきものなのと同じで、人類はウイルスと共存するしかないのです。
都会と田舎、「二住居生活」のすすめ
では、この状況下で私たちは何をすればいいのか。病気がうつらないよう外に出ないで清潔に過ごすという、小学生でもわかることをすればいいのです。不要不急の外出は控えよといわれていますが、ヒトゲノムにおいて機能が判明しているDNAはたった1.8パーセントで、残りはジャンクDNAと呼ばれています。つまり、生きものにおいては不要不急のもののほうが主流なんですね。
そうはいっても都会暮らしで外出自粛生活は息が詰まるという人は、この機会に田舎にも家を持つ「二住居生活」を真剣に検討してみたらどうでしょう。現代人にとって、自然のなかで体を動かすこと、意味のないものやコントロールできないものの存在を認識することは非常に大切です。
東京に住む人に二住居をすすめるのにはもう1つ、いつ起きてもおかしくないといわれている首都直下型地震に備えるためという理由もあります。いざというときに逃げられる先がなかったら困るでしょう?
こういう話をすると必ず「贅沢だ」という人がいますが、地方は過疎化が進んでいますから、本気で探せば、想像しているよりはかなり安価で家が手に入るはずです。私は現在、箱根の別宅にいますが、食べもの以外にはほとんどお金を使いません。
©MASAAKI TANAKA/SEBUN PHOTO/amanaimages考える時間が人と社会を成熟させる
今回のようなやむを得ない出来事が起こったとき、1番大切なのは、「あの経験をしてよかった。あの日々は無駄ではなかった」と思えるように生きることです。
若い頃、友達の何人かが結核にかかり、入院したことがありました。当時は1年間の療養生活が義務付けられていたのですが、彼らはみな、入院前より大人になって帰ってきた。世間から隔離されて、やることもなく、死を含めたさまざまなことを考えざるを得なかった結果でしょう。
今は社会全体が病気で休むことを余儀なくされているといえます。この時間にそれぞれが人生とは何か、現代人の暮らしがまともかどうかといったことを考えることができたら、人も社会も成熟する。期待も込めて、そう思っています。
〔特集〕不安な時代を乗り切るメッセージ「心をつなぐ言葉」(全7回)
取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2020年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。