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日本画家と樹木学者の目で見る明治神宮の森。「永遠の杜」の美の方程式とは?

2020.11.06

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鎮座100年を迎える森の社を訪ねて 明治神宮100年目の美と森 第4回(全7回) 東京という都会の中心に位置し、荘厳な鎮守の杜と日本一の初詣参拝者数で知られる明治神宮。明治天皇と昭憲皇太后をお祀りし、創建されたのが1920年。戦後復興を経て今年は鎮座100年の節目となります。11月1日の鎮座百年祭に向けてさまざまな準備が行われてきました。それは明治神宮における美の再編ともいえます。この美の神域に美の源泉を辿り、新たな時代に向けてのメッセージを探ります。前回の記事はこちら>>

日本画家と樹木学者の目で見た「永遠の杜」


林学者の本多静六や上原敬二らが150年後の姿を見越して造った明治神宮の森。上原の甥である樹木学者の濱野周泰さんと日本画家の手塚雄二さんが森の美の秘密を語ります。

南参道の起伏
南参道の起伏
南参道は神橋に向かってなだらかな高低差がある。森の中を移動する水の流れを考慮して残された自然の起伏と知る人は少ない。

【手塚雄二さん×濱野周泰さん】
100年の森の美の方程式とは


手塚 雨がちょっと上がって森を見るには最高の光ですね。
濱野 森は湿り気のある時が一番です。

手塚雄二さん、濱野周泰さん
左・手塚雄二(てづか ゆうじ)
1953年生まれ。日本画家。東京藝術大学名誉教授。日本美術院同人。日本画壇を牽引する画家の一人。鎮座100年で新たに内陣御屛風を制作した。2023年に大きな回顧展を予定。
右・濱野周泰(はまの ちかやす)
1953年生まれ。樹木学者。東京農業大学客員教授。専門は造園植物および造園樹木学。著書に『葉っぱでおぼえる樹木』など。明治神宮の森を造営した上原敬二氏の甥でもある。

手塚 日本の美は曇りです。きょうは木の重なりが、庭師が木の上まで剪定したかのごとく美しいですね。
濱野 木どうしが抑制して組み合わさっています。
手塚 木と木が重なった時どう見えるかということまで考えていたんですか?
濱野 はい。当時『日本風景美論』などの本が出され、それらは林学の先生たちが書いたものが多いんですね。風景として森がどうあったら美しいか、気候帯の森のモデルも把握していたと思うんです。
手塚 油絵では光と影でもってデッサンしますが、日本画は基本シルエットの美しさなので、写生では形をとっていくんですね。あの重なりなど緑っぽい形とちょっと黒っぽい形があってきれいだなあ。
濱野 ケヤキとクスノキですね。クスノキは常緑ですが、葉が薄くて明るさは落葉樹のケヤキと同じくらいです。
手塚 陰影まで考えて植えたわけですね。

清正井
明治神宮の庭園「御苑」の最奥部にある清正井(きよまさのいど)は美しい湧水。

絶妙な緑の形のバランス。この面積比が日本美です──手塚


手塚 ここはすごい。このまま屛風になりますよ。
濱野 参道から森の断面を見ています。
手塚 まるで絵画的な構図を考えて植えたような配置なんですよ。ただ植えただけなのに木の傾きが微妙に違っていてそれがきれい。
濱野 なるほど。最初は真っ直ぐ植えているはずですが、日陰なので生育段階で光を求めた方向に木が動いて自然に入(い)り組(く)んでいったんですね。
手塚 だからいいバランスなんだ。
濱野 これはカエデで、森が多層な階層構造をもつには構成種としてこういう脇役が重要なんです。
手塚 じゃあ主役は何ですか?
濱野 主役はケヤキだとかカツラ、スギ。そのあたりが最も樹高があって、逆に下は常緑のアオキなどです。
手塚 アオキはいい味出しているんですが、このヤツデはどうもなあ。
濱野 ヤツデは森の端に出てくるんですよ。鳥が種子を運ぶのですが、これが参道沿いに出てくるとジャングルクルーズっぽくなってしまう。

巨木
ふと見上げると不思議な枝ぶりの巨木と出合ったりする。

濱野 上を見てください。葉の集団と集団の間に適当な隙間がありモザイク状になっていますね。クスノキどうしがお互い干渉しないよう、適当な隙間を作りながら葉が伸びていく。成長していくための戦略の一つです。
手塚 それがきれいなんですよね。
濱野 そこなんです。この森の多様性を担保してくれているのはクスノキが適当に入って調節してくれているからだと思うんですね。
手塚 これを100年、300年と守っていくわけですか。
濱野 あそこに1000年と書いてありますね。(笑)
手塚 「永遠の杜」ですよ。
濱野 たぶん永遠です。ただ、都市の乾燥で植生の変化もあり、都市化がこの先どこまで進むかにそれはかかっています。
手塚 ここもいいなあ。何色かある緑の塊の形のバランスが絶妙にいい。というのは同じ面積比になってないんです。たとえば面積比が1対3対5とかだったら日本的な美しさに合致するバランスです。美しさには理屈があって、色や雰囲気がじゃなくてすべて形なんです。この森の色の配列を抜き出したら、おそらく平安時代の絵巻のように美しいですよ。

御苑内の南池
ハスの花が咲く御苑内の南池。

この森には70通りの緑があります──濱野


濱野 私が教えている樹木学では、学生に緑を最低70通り見分けるよういってるんです。
手塚 それはちょっと厳しい(笑)。
濱野 エスキモーは白を70通りに見分けるそうです。氷原の青みがかった氷は安全だけれど乳白色の氷は危険とか、自分の生命に関わるわけですね。君らは緑でご飯を食べるんだから70通りだと。
手塚 うわー面白い。(笑)
濱野 平安時代の色表現の言葉を調べると、緑だけで200ほどあるんです。そのくらいの感性をもてと。
手塚 だったら森から緑の形を切り抜いて白いバックに載せるというのをやってみてください。いろいろ拾い出すことを繰り返すうちに絶対的に美しい形というのが出てきて、それを日本の美術品の最高峰のものと比較したら合うはずですよ。
濱野 なるほど! それはいいですね。
手塚 たとえば、木の枝ぶりなども正三角形になるとシンメトリーで絵画上美しくないんですよ。見ている人はなんとなく変だなという気がするんですね。あと偶数や平行もだめです。
濱野 造園における木の植え方も同じです。腑に落ちますね。
手塚 郊外の森にはない樹形の美しさがあるのは、考えてこの森を造ったからなんですね。生き残ってきた木たちがどういうわけか美しくなってしまうという神秘ですね。
構成・取材・文/三宅 暁(編輯舎) 撮影/鈴木一彦

『家庭画報』2020年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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