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人の心をとらえて離さない赤の艶めき【艶紅】京都のいろ・如月 第4回

2021.02.17

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〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。連載一覧はこちら>>

【艶紅(つやべに)】
人の心をとらえて離さない赤の艶めき


文・吉岡更紗

2月も下旬になり、少しずつ春が近づいているように感じる頃となりました。工房では、引き続き紅花から赤の色を抽出する作業を行っています。第2回の「灰色」の回(記事はこちら>>)でご紹介したように、灰のアルカリの力で紅花から生み出された紅の色は、そのさまざまな工程を経て「艶紅(つやべに)」に姿を変えていきます。



器に塗った艶紅。乾かして保存し、溶いて口紅としても使うことができる。撮影/伊藤 信

艶紅とは、紅花の色素を抽出して沈殿させ、泥状にしたもののことです。こうすることで、お化粧品として使ったり、お菓子の色付けなど、塗って色を表すことができるのです。

艶紅を生み出す作業はとても複雑で難解かと思いますが、順にご説明をさせていただきますと、あらかじめ水で黄色の色素を洗い流した紅花は、藁灰(わらばい)からとった灰汁(あく)で揉むと赤い色素が少しずつ出てきます。

揉んで絞って、灰汁を新たに入れては揉んで……という作業を4回繰り返すと、真っ赤だった紅花の花の色は淡い茶系に変わっていき、赤の色素は灰汁のほうへ出ていきます。この液体はアルカリ性なので、中性にするためにお酢を入れます。“赤”というよりは少し黒みがかっていた液は、そこで鮮やかな紅色に変化します。

紅花の赤い色素は、麻や木綿の植物繊維にさっと染まりつく性質を持っているので、この紅色の液に麻の布を細く切った裂(きれ)をたくさん入れます。少しかき混ぜると、白い裂に確かに紅の色が染まりついているのがわかります。


紅花から抽出した液に裂を入れてかき混ぜ、色を染めつける。撮影/伊藤 信

しばらくかき混ぜた後、裂を絞って取り出し、また藁からとった灰汁に浸けて揉んでいきます。アルカリの液に浸した裂は、赤の色素を吐き出します。少し言葉が美しくないのですが、吸わせて吐かせることを、何度か繰り返していくのですが、こうすることによってより純度の高い紅の色素を取り出すことができるのです。

こうして取り出した紅の色素は、またアルカリ性となりますが、紅花の色素は酸性になると沈殿する性質をもっています。そこで登場するのが前回(記事はこちら>>)に少し触れた「烏梅(うばい)」です。烏梅とは、梅の実を燻製(くんせい)にしたもので、天然のクエン酸です。梅は中国から到来したものですが、この烏梅も、鎮痛・解毒の作用がある漢方薬として中国から伝わったものです。


烏梅を熱湯に浸け、紅の液に少しずつ混ぜて色素を沈殿させる。撮影/伊藤 信

日本では奈良県の月ヶ瀬で作られるようになりました。現在も梅の名所として多くの梅林が残る地域です。現在は中西喜久さんご一家のみがその製法を守っておられます。中西さんから届いた烏梅を一晩熱湯に浸け、その水溶液を先ほどの純度を高めた紅の液に少しずつ入れて混ぜていきます。すると、紅の色素は次第に沈殿していき、泥状になっていきます。


絹の布で漉し、艶紅が完成する。撮影/伊藤 信

上澄みを流し、下に溜まったものを絹の布で漉(こ)したものが、「艶紅」となります。これは、実は古くより伝わる口紅の製法でもあります。太古の昔から女性の唇や頬を彩ってきた紅花の艶やかな色。江戸時代には「寒中丑紅(かんちゅううしべに)」といって、「小寒」と「大寒」の間に製造された紅は特に質が良いとされ、丑の日はその紅を求める女性が列をなした、ともいわれています。

紅花自体に蛍光する性質があるので、塗り重ねるたびに輝きを増す「艶紅」の色を見ていると心がときめきます。また、女性の顔を彩る紅花には、血行を促進する漢方薬的作用があります。寒い中での作業が続きますが、紅花を触った手はしばらくすると内側から温かくなり、紅花の持つ魅力を、身も心も両方で感じています。


艶紅を塗り重ねると、角度によって鈍い金色に光り輝く。(写真手前から2列目)撮影/伊藤 信

吉岡更紗/Sarasa Yoshioka



「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。

染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。

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更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。






特別展「日本の色 吉岡幸雄の仕事と蒐集」

染色史の研究者でもあった吉岡幸雄さんは、各地に伝わる染料・素材・技術を訪ねて、その保存と復興に努め、社寺の祭祀、古典文学などにみる色彩や装束の再現・復元にも力を尽くしました。本展では、美を憧憬し本質を見極める眼、そしてあくなき探求心によって成し遂げられた仕事と蒐集の軌跡をたどります。

細見美術館
京都府京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
会期:~2021年4月11日(日)
協力/紫紅社
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