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東京藝大で教わる西洋美術の見かた。「アルノルフィーニ夫妻の肖像」“鏡に映る像”の謎

2021.10.01

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東京藝大で教わる西洋美術の見かた 第1回 西洋美術の新しい入門書として好評の『東京藝大で教わる西洋美術の見かた』(世界文化社刊)に掲載された、泰西名画の魅力を紹介する新シリーズです。第1回は、初期ネーデルラント絵画の画家、ヤン・ファン・エイクの代表作です。

1.アルノルフィーニ夫妻の肖像


佐藤直樹(東京藝術大学准教授)

図1 ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》1434 年、油彩、板 ナショナル・ギャラリー、ロンドン

図1 ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》1434 年、油彩、板 ナショナル・ギャラリー、ロンドン

「鏡に映る像」の謎


イタリア・ルネサンスが花開いた頃、アルプスの北、ネーデルラント地方(現在のベルギーとオランダ)では油彩画技法の発明とともに精緻な表現が可能となり、ゴシックの写実主義が頂点に達しました。この時代はイタリア・ルネサンスに比して「北方ルネサンス」と呼ばれ、この時期に制作された作品を「初期ネーデルラント絵画」といいます。

ヤン・ファン・エイクは初期ネーデルラント絵画の著名な画家のひとりで、その代表作の一つに《アルノルフィーニ夫妻の肖像》(上・図1)があります。

暖かい陽射しの入る清潔な室内で、ジョヴァンニとその妻ジャンヌは固い姿勢で、手をとるほどの距離で立っています。花婿はベルギーのブリュージュで活躍したイタリア、ルッカ出身の商人ジョヴァンニ・アルノルフィーニです。花嫁のジャンヌ・チェナミは、パリのイタリア人の商家で生まれました。異国の地のブリュージュで、二人は誓いの儀式を新婚の部屋で行っているところです。お互いを見つめ合ってはいないものの、二人は神秘的な絆で固く結ばれているように見えます。

厳粛な雰囲気は、構図が左右対称になっているためでしょう。シャンデリアから壁に掛けられた鏡、小さなグリフォン・テリアをつなぐ中心線がそれを強調しています。当時の教会法によれば、結婚は誓いによって執り行われるとされる「内縁関係」でした。この絵のように、手をつなぎ花婿が腕を挙げることと決められていました。1563年のトレント公会議で、結婚は司祭と二人の証人が必要と決まる以前に、二人は結婚の証人を画家に託したのです。

彼らの間にある凸面鏡の中を覗いてみると、室内の様子とアルノルフィーニ夫妻の後ろ姿が映っています(下・図2)。

図2 ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》(部分、凸面鏡)1434年

図2 ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》(部分、凸面鏡)1434年 凸面鏡の中にはこの結婚の証人である画家とその弟子が映り込み、しかも鏡の上の壁には画家自身のサインまで書き込まれている。

その鏡の木枠には、キリスト受難伝の10の場面が鏡を取り囲み、二人の結婚が聖なるものであることを保証しています。この二人の間には、青と赤の衣装をまとった二人の男性が戸口に立っているのが見えますが、おそらく青い衣装が画家自身で、赤い衣装は画家の弟子でしょう。そして、この鏡の上には、画家自身が壁に美しい字体のラテン語で署名を残しています。「ヤン・ファン・エイクここにありき 1434」(Johannes de Eyck fuit hic 1434)。

この署名は、画家がこの現場に同席した記録になっています。凸面鏡はその形状から眼球を連想させ、まさに画家が自分の目でこの儀式を目撃し、絵画で記録に残した事実を語ってくれるのです。
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