東京藝大で教わる西洋美術の見かた 第2回 『東京藝大で教わる西洋美術の見かた』(世界文化社刊)から、泰西名画の魅力を紹介するシリーズ。第2回は、ドイツ・ルネサンスの巨匠、アルブレヒト・デューラーの名作版画に描かれた「潜在的イメージ」について。
前回の記事はこちら>> 2.メレンコリア I
佐藤直樹(東京藝術大学准教授)図1 アルブレヒト・デューラー《メレンコリア I》1514年、エングレーヴィング傑作版画に描かれた「染み」
アルブレヒト・デューラーは、1471年にドイツのニュルンベルクでハンガリー系の金細工師の家に生まれました。ニュルンベルクでペストが流行ると1494-95年にヴェネツィアに逃れ、当地の画家からイタリア・ルネサンスを吸収します。1505-07年には再びヴェネツィアに滞在し、祭壇画の仕事で高い評価を得ました。
生前から国際的評価の高かったデューラーの最大の功績はなんと言っても版画です。その超絶技巧は、ラファエッロをはじめイタリアの作家たちにも強い影響を与えるほどでした。今回は、デューラーの版画のなかでも版画史上の金字塔と名高い銅版画《メレンコリアⅠ》(上・図1)を取り上げます。
この版画には不思議な「染み」が隠されているのですが、それを理解するために、デューラーが初期に描いた自画像の素描《枕と手のある自画像》(下・図2)を見てみましょう。
図2 アルブレヒト・デューラー《枕と手のある自画像》1491-93年、インク、紙、メトロポリタン美術館、ニューヨーク珍しいことに、この素描の裏面には枕が6つ並べて描かれています(下・図3)。
図3 アルブレヒト・デューラー《6つの枕》(図2の裏面)1491-93年、インク、紙、メトロポリタン美術館、ニューヨークデューラーは、枕がいろいろな形になることを楽しんで写生しているかのようです。ところが、ここに「人間の頭部や顔」が潜んでいるのがわかるでしょうか。一見すると、どれも歪んだ枕にしか見えませんが、その皺に目を向けると、まるで顔のようなイメージを見つけることができるのです。
6つの枕には人間の頭部や顔が潜んでいるという。これらの赤い囲み以外にも隠れていそうだ。もちろん、それらが顔に見えるのは偶然に過ぎないという意見もありますが、ひとたび枕に顔を見つけてしまうと、それらはもはや単なる皺には見えなくなってしまいます。こうした感覚は、デューラーが枕の皺に見出した「潜在するイメージ」を我々が追体験しているからに他なりません。
デューラーが枕の皺に、人間の頭部を見出したのが偶然であったとしても、それを枕の描写に潜ませたのは彼の創造力なのです。