〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。
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日本人が魅せられた、異国から届いた「赤」の美しさ
文・吉岡更紗長年京都に暮らしていますが、春は東大寺修二会(しゅにえ)、秋は奈良国立博物館で行われる「正倉院展」と、奈良に心を奪われています。昭和21年(1946)からはじまった「正倉院展」は、2021年は10月30日から11月15日の期間で開催されており、本年で73回を迎えます。
聖武天皇が天平勝宝8年(756)に亡くなられた後、天皇御遺愛の品が正倉院に納められ、1200年以上の時が経っています。正倉院宝物(ほうもつ)と呼ばれるこれらの品は、すべて倉内で管理されており、この長い間一度も土に埋もれることのなかった伝世品です。天平時代の華やかな文化の香りを、現在に伝える稀有な存在であり、これらの宝物の曝涼(ばくりょう)の機会に、私達もその素晴らしい品々を拝見することができるのです。
琵琶などの楽器や鏡に加えて古文書なども展示されますが、染織に携わる者として、本年の出品からは「茶地花樹鳳凰文﨟纈絁(ちゃじかじゅほうおうもんろうけちのあしぎぬ)」を興味深く拝見致しました。「﨟纈」という文字が入っているように、これまでは、鳳凰や草木の文様が彫られた鉄製の、もしくは木製の判子のようなものに蜜蝋をつけて、布に押した後に染めると、蝋が防染の役割を果たし、その文様が染まらずに白く残るという技法で染められていると考えられていました。しかし、近年の調査で、蝋を使った防染ではなく、一度染料で布全体を染めてから、アルカリ質のものを何らかの方法で施し、文様を白く染め抜く抜染(ばっせん)に近い方法が使われているということがわかってきました。まだ明確にはなっていませんが、国内では未確認であったこの技法の一端が少しずつ明らかになっていることは、大変素晴らしいことだと思います。
「蘇芳」。写真/紫紅社また、この絁は、現在「茶地」と名づけられていますが、蘇芳と呼ばれる染料で染められていたことがわかっています。「蘇芳の醒め色(さめいろ)」と呼ばれるように退色しやすい染料ですので、現状は確かに茶色っぽいのですが、往時は大変華やかな青みのある赤だったのではと想像しています。
蘇芳の芯。写真/紫紅社蘇芳とはマメ科の木で、その芯に赤い色素が含まれています。インドやマレーシアなど熱帯に分布する植物なので、日本で育てることはできませんが、古より大量の蘇芳を輸入していました。何度も日本への渡航を試みて、その後日本に帰化した鑑真和上(がんじんわじょう)の伝記『唐大和上東征伝(とうだいわじょうとうせいでん)』にも、蘇芳の木が非常に重要で、たくさん船に積まれたと記されています。蘇木(そぼく)ともいい、止血や鎮痛の効果のある漢方薬として現代も使われており、正倉院には薬物として今も保存されています。
蘇芳で染める様子。写真/紫紅社蘇芳から生まれる魅惑的な赤は、様々なものを彩っていました。布や和紙の他、正倉院に残されているものでは「黒柿蘇芳染金銀絵如意箱(くろかきすおうぞめきんぎんえのにょいばこ)」や、本年出品される「黒柿蘇芳染金絵長花形几(くろかきすおうぞめきんえのちょうはながたき)」のように、木材を染めたものも多くあります。
奈良時代以降、紅花と共に赤を生み出す染料として愛された蘇芳は、様々な衣装などの染色に使われています。日本の色を生み出す染料が必ずしも国産ではなく、海の向こうからやってきた染料も多く使われていたということも、美しい色を求める日本人の美意識ゆえではないかと思います。
吉岡更紗/Sarasa Yoshioka
「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。
染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。
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更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。
協力/紫紅社