「第九」をもっと楽しむ 第4回(全5回) 年末が近づくと聴こえてくるベートーヴェンの「第九」。欧米では歴史的な日に演奏されるなど、世界においても特別な楽曲です。このような時だからこそ、第九のメッセージがますます心に響いてきます。
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第九前、第九後にもその影響を感じる曲があります。その壮大な歴史を音から体感してみましょう。(選/平野 昭)
●Spotifyで曲を聴けます選曲のうちの何曲かをお聴きいただけます。「第九」を巡るヒストリーをお楽しみください。
こちらから>>1790年、1990年
ベートーヴェン「皇帝ヨーゼフ2世の死を悼むカンタータ」WoO.87、「皇帝レオポルト2世の即位を祝うカンタータ」WoO.88独唱者と合唱とオーケストラのための作品。19歳のベートーヴェンは、ケルン選帝侯マックス・フランツを主君とするボンの宮廷楽士でした。啓蒙君主的な皇帝ヨーゼフ2世と、皇帝レオポルト2世、そしてボンが中心となって展開されていたライン啓蒙運動推進者である主君のために、この2曲のカンタータ作曲が積極的に進められました。
1808年
ベートーヴェン:ドッペルリート(二重歌曲)
「愛されない男のため息/応えてくれる愛」WoO.118愛をうたった2編の連詩(作詞はゴットフリート・アウグスト・ビュルガー)にベートーヴェンが付曲したもの。第1部『愛されない男のため息』は、「俺は愛されない、なぜなのだ」と嘆くようなハ短調のレチタティーヴォから始まり、変ホ長調に転調すると「わかった、わかった、俺は知ったんだ」と悟ります。第2部『応えてくれる愛』は明るいハ長調。このテーマが後年再利用されました。
1808年
ベートーヴェン「ピアノ、合唱と管弦楽のための幻想曲」Op.80ピアノ独奏による即興的なカデンツァから始まり、27小節目から“フィナーレ”と銘打ちオーケストラが加わる奇妙な構成。再登場した独奏ピアノが提示するテーマが、歌曲『応えてくれる愛』WoO.118の旋律であり、第九終楽章「歓喜の歌」に似ているといわれます。ラスト5分で初めて合唱が登場しますが、このテーマによる合唱の響きは、一層第九を連想させます(作詞はクリストフ・クフナー)。
1810年
ベートーヴェン「ゲーテの詩による3つの歌曲」Op.83より第3曲 『彩られたリボンで“Mit einem gemalten Band”』ゲーテの詩は、春の女神が小さな花々を散らしたリボンを、そよ風の翼にのせて運び、愛する人の服に絡ませてほしい、といった内容。歌の冒頭が「歓喜の歌」に似ています。ベートーヴェンとゲーテはお互いの才能に敬意を抱いており、一度だけ保養地テプリッツで邂逅した際には、3日間芸術談義をして過ごしました。同地には「ベートーヴェンとゲーテがここに立つ」と書かれたマンホールがあります。
1819~23年
ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」Op.123第九と同時期の大作で、第2曲『グローリア』が第九を感じさせます。自筆譜には「心より出で、願わくば再び、心に至らんことを!」とルドルフ大公への献辞が。ミサ・ソレムニスは心の平安が、第九は世界の平和への願いがあります。
1839年
ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」独唱と合唱を伴う劇的交響曲。声楽が入る部(「序奏」「終曲」等)と、器楽で情景描写される部(「愛の場面」等)があります。登場人物の心情は語り手の立場から歌われ、終曲では、両家の和解が神父の歌によって導かれます。
1840年
メンデルスゾーン:交響曲第2番「讃歌」第1部(第1~3楽章)は交響曲、第2部(第4楽章)は歌が10曲続きます(歌詞はマルティン・ルターによる旧約聖書のドイツ語訳)。楽曲全体の構成がベートーヴェンの第九と似ていると当時から囁かれ、本人も自覚していました。
1876年
ブラームス:交響曲第1番 Op.68 第4楽章完成まで20年以上かかったブラームスの交響曲第1番はハ短調で、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と同じ調。また同曲第4楽章のテーマは第九に似ており、「ベートーヴェンの交響曲第10番」とも呼ばれていました。
1896年
ブルックナー:交響曲第9番(未完)ベートーヴェンの第九と同じく、ニ短調の第9番。第4楽章を死の直前まで作曲していましたが、未完成のまま没。その数日前、「もし途中で命が尽きたら、第3楽章の後には『テ・デウム』を入れてほしい」と遺言を残しました。
※『テ・デウム(汝、神を我らはほめまつり)』は、ブルックナー作曲の宗教合唱曲。1888~1906年
マーラー:交響曲第2番、第3番、第4番、第8番ベートーヴェンの第九に力を得て、交響曲第2、3、4、8番に歌を取り入れたマーラー。第8番は独唱と大合唱を伴い、「千人の交響曲」で知られています。第2部の歌詞はゲーテの戯曲『ファウスト』第2部結末部を踏まえています。
取材・文/菅野恵理子 編集協力/三宅 暁
『家庭画報』2022年12月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。