谷松屋戸田商店 季節の茶花 谷松屋十三代目当主の戸田 博さんが、茶席の花について語ります。6月の花は「紅花山芍薬(べにばなやましゃくやく)」です。
前回記事を読む>> 6月 紅花山芍薬(べにばなやましゃくやく)
幻の花に思いを馳せて
語り/戸田 博
この時季の茶花の代表的なものに山芍薬があります。山芍薬といえば、白い花を連想しますが、今回は紅花の珍しい山芍薬が手に入りました。
この紅花山芍薬は絶滅危惧種に指定されている花だそうですが、これは山から採ってきたものではなく、いつも世話になっている花屋さんが自分のところで育てているものを届けてくれたのです。
栽培ものとはいえ、山へ深く分け入らないと出会えないような希少な花。その息吹を受け止めるため、分厚くどっしりとした土味の備前花入を持ち出しました。
紅色の可愛らしい芍薬をどっしりと力強い桃山の備前花入に紅花山芍薬(べにばなやましゃくやく)
備前花入(びぜんはないれ) 桃山時代
この備前花入には「鷹ヶ峰」という銘がついている。近衛文麿旧蔵。田んぼの土を使ったといわれる備前特有の土味の焼物で、胴の力強い箆目が印象的である。大地のような存在感で、可憐な芍薬を受け止めている。いわゆる田土と呼ばれる粘り気のある陶土を用いた備前で、まことに地味なものです。ひとことに備前焼と申しましても、その作域は幅広く、ぼた餅や緋襷(ひだすき)など肌に焼きむらを生じさせることで賑やかな景色を出すものから、このようなものまでさまざまです。
ただ、この花入は一見地味に見えますが、土を削った力強い箆目(へらめ)や、しっかりとした口の作りなど見どころも多く、器体の大きさに比して厚みがあるのも特徴。器が内包する力強さが玄人好みといいますか、私のとても好きな備前なのです。
広間の床の間にこの花入を置き、紅花山芍薬のひと枝を入れると、それだけでじゅうぶんに存在感があります。この花入の箱書きには細水指(ほそみずさし)と記されていて、秋の中置(なかおき)の季節に用いた水指のようですが、環付きを埋めた形跡などもあるため、当初は花入として作られたものだと考えています。
道具の役割を一つと決めつけず、時には花入として、また時には水指として、場面により役目を変えてフレキシブルに使うというのも、茶道具の面白い一面です。
掛物は平安時代の伊予切(いよぎれ)和漢朗詠集で「雨」が主題となっています。薄茶を想定してしつらえていますが、濃茶の床としてもじゅうぶんな道具組です。茶道具を取り合わせる際、このように本来の格より「下げ」た場面で用いると奥ゆかしく、客へのもてなしになります。
しかし、ただ下げたらよいというわけではなく、結局はそれもまたバランス感覚が問われるのであり、最終的にはその人のセンスに尽きるといえましょう。
盛夏へと向かう6月の長雨は、命を育む天の恵みでもある。竹やぶから截り出してきた長い筍が、紅花山芍薬と共に届いた。白磁の台皿を据え、上に花器に見立てた筍を立て、その脇に一本の青楓を添えている。その佇まいを静かに観る戸田 博さん。〔ワンポイント〕広い口の花器の場合に一本の花をまっすぐ立てる花留めの工夫花材が口縁に寄りかからないようにする工夫です。写真では見えませんが、花の枝の下部分をL字形に折り曲げ、その先端を器の右内側面に押し当てています。さらに横にわたした「あて木」で枝をしっかり固定することで、花を花器に持たせ掛けることなく、まっすぐ立たせられます。