未来の医療 進歩する生命科学や医療技術。わたしたちはどんな医療のある未来を生きるのでしょうか。「未来を創る専門家」から、最新の研究について伺います。
前回の記事はこちら>> 同じ部位のがんでも、がんの組織の遺伝子を調べると、患者さん一人一人のがんには違いがあることがわかってきました。そして、その違いを調べて治療を個別化する「がんゲノム医療」が動きだしています。
国立がん研究センター 理事長・総長の中釜 斉さんに「がんゲノム医療」の現状と未来について聞きました。
未来を創ろうとしている人:
中釜 斉(なかがま ひとし)さん
国立がん研究センター 理事長・総長分子標的薬が開いたがんゲノム医療への道
がんの治療には、手術、放射線療法、薬物療法の3大治療法があり、さらに免疫チェックポイント阻害薬が実用化され、免疫療法が第4の治療法と呼ばれるようになっています。
薬物療法には、主に抗がん剤、分子標的薬があります。免疫チェックポイント阻害薬も薬物療法の一種として扱われることもよくあります。
この薬物療法の中でも特に分子標的薬は、今回取り上げる「がんゲノム医療」との関連が深く、分子標的薬の進展ががんゲノム医療への道を開いたといわれています。
遺伝子の異常が重なってがんが進んでいく
がんは遺伝子の病気といわれます。細胞に含まれている遺伝子の中でも特にDNA(デオキシリボ核酸)ががんと関連しています。
細胞が分裂して遺伝情報を伝える際に正常な細胞がタバコに含まれているような発がん物質にさらされ、それによってDNAが傷ついたとき、また、傷ついたDNAを修復する仕組みがうまく働かなかったときに、DNAの異常が起こり、DNAが正しく複製されずに正常な細胞が異常な細胞に変化します。
免疫がうまく働いていれば、その異常な細胞を殺したり、排除したりすることができるのですが、残ってしまうがん細胞があり、そこにさらに遺伝子の異常が重なって、だんだん大きながんの組織になっていきます(上の図参照)。
国立がん研究センター 理事長・総長の中釜 斉さんによると、1990年代には、がんは遺伝子の異常が積み重なってできるということがおおむね理解されていたということです。
この頃から遺伝子の解析方法が飛躍的に発達したこともあって、手術中に切除した、あるいは生検で採取したがんの組織を用いて、がんそのものの遺伝子を調べられるようになってきました。そこで、がんを発生させたり、増殖させたりするドライバー遺伝子
(コラム参照)の存在が明らかになりました。
原因となる遺伝子がわかれば、そのふるまいを抑えることで、がんの発生や増殖を抑止できるだろうという考えから開発されてきたのが分子標的薬です。
これは遺伝子が異常になっている部分やその情報が伝わる部分を抗体などで塞いでしまい、がんの発生や増殖の信号が伝わらないようにする薬です。
通常の抗がん剤はがん細胞のような分裂が速い細胞を殺すという特徴があり、髪を作る毛母細胞や腸の細胞のような分裂が速い正常細胞も攻撃するため、副作用が避けられません。
一方、分子標的薬は「がん細胞の分裂を直接ブロックして殺すのではなく、がん細胞の増殖を担う特定のたんぱく質の働きを抑え、がんを弱らせて効果を発揮する点が特徴です」と中釜さん。
分子標的薬は2000年前後から新薬が次々と登場し、慢性骨髄性白血病の「イマチニブ」のように劇的な効果を上げる薬も出てきました
(年表参照)。
こうして現在、分子標的薬が承認されているがんでは、遺伝子変異を検査して、薬物療法の方針を決めるという治療が標準化されています。