未来の医療 進歩する生命科学や医療技術。わたしたちはどんな医療のある未来を生きるのでしょうか。「未来を創る専門家」から、最新の研究について伺います。今回は「健康調査と組み合わせ、健康増進と疾患研究を目指す“住民ゲノムコホート研究”」についてです。
前回の記事はこちら>> 宮城県と岩手県の住民約15万人の大規模な研究から、日本人の標準的なゲノム配列や特殊な薬の副作用などが明らかになってきました。
この調査研究を手がける東北大学 東北メディカル・メガバンク機構広報渉外・企画分野 特任教授の長神風二さんに、この研究の意義や経緯、課題について聞きました。
〔未来を創ろうとしている人〕長神風二(ながみ ふうじ)さん東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 広報渉外・企画分野 特任教授 総務・企画事業部 副事業部長
東京大学大学院で生物物理化学を研究後、同大学院総合文化研究科博士後期課程満期退学。日本科学未来館で巡回企画展などを制作し、科学技術振興機構では科学と社会をつなぐイベント「サイエンスアゴラ」の創設・企画運営に携わる。2008年東北大学脳科学グローバルCOE特任准教授、12年東北メディカル・メガバンク機構准教授を経て13年より現職。専門はサイエンスコミュニケーション、科学広報。ある集団を長年調査することで、病気の発症因子などを探る
ある集団の健康状態や生活習慣、病状などを長い期間追跡調査して、健康維持や病気の発症・悪化にかかわる因子を探る「前向きコホート研究」が世界で行われています。
その対象となる集団の種類は、ある国や地域の住民、特定の病気の患者、退役した軍人や看護師といった職種などさまざまです。
そのうち、住民コホート研究は、健康診断や検診などのデータを活用して、一般の人がなりやすい病気の因子や健康長寿の秘訣を数多く明らかにしてきました。
コホート研究では、対象者の血液や尿などの検体を保存して研究に生かす「バイオバンク」(
3ページで詳しくご紹介>>)事業もあわせて行われることがあります。
1990年代後半以降、遺伝子研究の進展に伴い、検体からゲノム情報を取り出して、対象者の身体や生活の情報を組み合わせて解析するゲノムコホート研究が行われています。
なかでも規模が大きいのが、東北メディカル・メガバンク計画に基づくゲノムコホート研究です。
この研究は東日本大震災の被災地の医療体制の復興や住民の健康維持を目的に2013年に開始されました。
東北大学内に設置された東北メディカル・メガバンク機構がバイオバンク事業を実施し、地域の医療支援にも取り組んでいます。
現在、同機構が実施しているのは「地域住民コホート調査」「三世代コホート調査」で、収集される主なデータは以下のとおりです。
東北メディカル・メガバンク計画で扱われているデータ(1)検体検査データ(主に血液と尿)
(2) 生理機能検査データ(呼吸機能、体組成、眼科検査など)
(3)参加者が自分で測る血圧計と歩数計のデータ
(4) 参加者が書き込む調査票データ
(5) 地方自治体が提供するデータ
(6) 診療データ
*匿名化されたうえで、これらのデータがスーパーコンピューターで統合され、保存されている。
参加者の募集はおおむね終了し、データベースづくりやデータ解析、2回目以降の健康調査の準備や実施が進められています(下図参照)。
東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査のイメージ「ゲノムコホートというと、個人の遺伝子情報が流出してしまうのではと不安を抱くかたがいますが、個人名は匿名化してデータと切り離し、ゲノム情報はスーパーコンピューター内で厳重に管理されるので、特定される心配はありません」と長神さん。
同機構のバイオバンク事業では、医学研究や臨床での診断・治療の発展に資するべく、研究者の求めに応じ、審査を経て、検体を分けています。
また、同機構が14年に公開し、アップデートしている「日本人標準ゲノム配列」はさまざまな研究に用いられています。
実際に、ある薬の副作用が強くなる遺伝子の異常がこの日本人標準ゲノム配列との比較によって発見され、診断薬が開発されて、この病気の患者で遺伝子異常を持つ人は薬の使用を避けられるようになりました。