未来の医療 進歩する生命科学や医療技術。わたしたちはどんな医療のある未来を生きるのでしょうか。「未来を創る専門家」から、最新の研究について伺います。
前回の記事はこちら>> 難病の解明や治療薬探しに役立つ患者由来のiPS細胞
2012年の京都大学iPS細胞研究所所長 山中伸弥教授のノーベル生理学・医学賞受賞以来、大きな関心が寄せられているiPS細胞。
医療にどう使われているのかを2回にわたって取り上げます。1回目は同研究所准教授の齋藤 潤さんに、患者由来のiPS細胞を用いる研究について聞きます。
〔未来を創ろうとしている人〕齋藤 潤(さいとう めぐむ)さん京都大学iPS細胞研究所
准教授(臨床応用研究部門 疾患再現研究分野)
京都大学病院
iPS細胞臨床開発部 副部長
1997年京都大学医学部卒業後、神戸市立中央市民病院小児科研修医、国立成育医療センター手術集中治療部レジデント、静岡県立こども病院感染免疫アレルギー科副医長を経て、2004年に京都大学大学院医学研究科発達小児科学博士課程に入学。08年に博士(医学)取得。09年からiPS細胞研究に携わり、12年から現職。あらゆる細胞に変化でき、無限に増殖できるiPS細胞
齋藤さんは小児科医で、主に子どもの血液や免疫の難病を研究しています。これまでにさまざまな難病患者の皮膚や血液の細胞からiPS細胞を作り、病気の詳細な分類を報告したり、使える可能性のある治療薬を見つけたりしてきました。
「子どもの病気は大人の病気に比べて患者数が少なく、病態の解明が難しいことが多いのです。そういう意味では患者さん由来のiPS細胞で研究できるのは非常にありがたいことですね」と話します。
iPS細胞は人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)の略で、京都大学の山中伸弥教授が命名しました。「多能性」とは、あらゆる細胞に変化できるという意味です。
ヒトの体には200種類以上の細胞があるといわれます。それぞれの細胞は受精してから早い段階でどの細胞になるかの運命が決まります。それによって私たちの体は秩序立って形成されます。
この細胞の運命が決まる前後の段階の細胞が持つ、あらゆる細胞に変化できる能力が「多能性」です。
ヒトの細胞では、受精卵や胚盤胞の段階まで発生した胚から分離した胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)に多能性があります。
iPS細胞はいわば人工的に受精卵が少し分裂した状態(受精胚)に戻した(リプログラミングした=細胞の運命のプログラムを書き換えた)細胞なのです。
2006年にマウスの皮膚の細胞からiPS細胞を作製したという山中教授らの論文が発表されたとき、世界に衝撃が走りました。それは、これから胎児になる細胞ではなく、皮膚という体の細胞に多能性を持たせたからです。
また、作製方法が比較的容易であったことも驚きでした。山中教授らは翌07年にはヒトの皮膚の細胞からのiPS細胞の樹立を報告し、再生医療など病気の治療への期待が一気に高まりました(作製方法は下のコラム参照)。
【コラム】iPS細胞の作製方法
〔十数年で改良が進む〕作製の効率や保存性を高め、移植時の安全性を担保するために、変わっていくiPS細胞の作り方iPS細胞は、体細胞を採取して培養し、そこに多能性誘導因子(4つの遺伝子)をその運び屋となる物質(ベクター)とともに加えて、さらに数週間培養して作製します。
多能性誘導因子となる4つの遺伝子のうちの1つは、当初はがんを作らせるがん遺伝子で、iPS細胞を体内に入れると発がんするのではないかと懸念されていました。
また、運び屋となるベクターが細胞の遺伝子を傷つけて、がん化させる可能性も指摘されていました。
さらに、培養の段階ではマウス由来の細胞も用いるため、ヒトの治療にほかの動物の細胞が関与することに対する抵抗感もありました。
ヒトの線維芽細胞から樹立したiPS細胞の集合体。集合体の横幅は実寸約0.5ミリ。(撮影:京都大学 山中伸弥教授)ヒトiPS細胞樹立の最初の報告から10年以上が経過し、その材料は皮膚の細胞から血液の細胞に替わっています。
また、がん遺伝子を同じ種類の発がん作用のない遺伝子に変更する、ベクターの種類を替える、ほかの動物の細胞を培養に使わないなど安全性をより高めるように作製方法が改善されています。
そして、iPS細胞への分化効率を上げる方法、iPS細胞やそれを分化した細胞の選別や評価、適切な保存方法についても研究が進められています。
他人のiPS細胞から作られた細胞を移植した際の拒絶反応への対策も行われています。