天空の森 ふるさとに築く「夢の王国」 緑のトンネルの中、川を独り占めして楽しむ食事や釣り、美しい段々畑を眺めながら、囲炉裏を囲むひととき。「リゾート産業とは人間性回復産業」が信条の田島健夫さんがオーナーを務める「天空の森」には、自然と触れ合える独自の仕掛けがいっぱい。そのすべてに、ロマンティストである田島さんの人一倍豊かな想像力と遊び心が詰まっています。
前回の記事はこちら>> 第8回 自然と戯れて「ヒト」になる
『ローマの休日』のように、すっぴんで素直な自分になる
「天空の森」の敷地内には澄んだ小川があり、川の中で食事をすることもできる。夏の朝、冷たいせせらぎに裸足で入り、テーブルへ。セミたちの合唱をBGMに、フレッシュスムージーをゆっくりと飲み干せば、すっぴんでいられる心地よさが全身に満ちてくる「僕はマグロ。やりたいことを実現するため、一生泳ぎ続けます」──田島健夫
僕の大好きな映画の一つに、『ローマの休日』があります。オードリー・ヘップバーン扮するアン王女が窮屈な生活を抜け出して、つかの間の自由を謳歌する。生気を取り戻した彼女の笑顔は実にチャーミングで、観ているこちらもわくわくしますよね?
アン王女ほどでなくとも、世間には、常に周囲に注目され、気を張って生きている人たちがたくさんいます。そういう人が誰の目も気にすることなく、大切な人とともにすっぴんでくつろげる、無人島のような場所。
そんな思いでつくった「天空の森」は、東京ドーム13個分の敷地に5棟のヴィラしかありません。日常からエスケープするための場ですから、電気や水道などのライフライン、温泉の配管、通信ケーブルといったものは、極力お客さまの目に入らないようにしています。
リゾート産業とは人間性回復産業であるというのが僕の持論なのですが、ではどうしたら人間性は回復できるのか。僕は、自然と戯れる中で、社会的存在である「人間」から、生きものとしての「ヒト」に戻ることができると思うんですね。
そのために、想像力と創造力を駆使して、最高の舞台をつくるのが我々の仕事。川べりは、春には桜、秋には紅葉を愛でられて、夏には緑のトンネルになる、そんな情景を思い描いて、もともとの竹林を伐採し、山桜やエノキを植えました。
大水で流されてしまった木もありますが、土地に合わないものは淘汰され、残るべきものは残る。そうやって、歳月とともに「天空の森」らしい自然が形づくられていっています。
「天空の森」をつくるにあたり、最初に開拓されたのが、段々畑の上部だったのだそう。現在は、熱心な畑専門スタッフのもと、葉野菜各種やきゅうり、オクラ、そばなど、季節ごとにさまざまな食材が栽培されている。うちは原則として、どこででも食事をしていただけますので、川の中ももちろんオーケー。初めて川にテーブルセッティングをしたのは、海外からのお客さまのご希望に応えてのことでした。大人数のパーティを催したこともありますが、みなさん喜んでくださいましたよ。
30年前、田島さんに見込まれて霧島市にベーカリーを開いたオーナー手製のパンや、ドイツで修業したマイスターが鹿屋市で作るソーセージなど、地元の美味が並ぶ朝食はボリューム満点。この川では、スタッフの運転する車で浅瀬を往復したり、渓流釣りをしていただくこともできます。お客さまが釣った魚をシェフが調理して、その日のディナーにお出しすることも。
スタッフの運転で川の中を走るミニドライブは、ちょっとした冒険気分が味わえると好評。軽トラックを改造し、周囲になじむ緑色に塗り替えたのは、田島さんのアイディア。フロントのプレートにはナンバーの代わりに鳥の絵が描かれている。目下、川辺に準備中なのが、お茶ができるデッキとせせらぎを眺めながら歩ける散策路。デッキを設置予定の場所は山椿がきれいで、ヒヨドリがよく訪れる、僕のお気に入りの場所です。川には泉源があるので、そのうち温泉を掘ってみようかとも考えています。川の中の野天風呂というのも、よさそうでしょう?
段々畑の中腹にある建物は厨房兼ダイニング。夜は周囲に複数設置されている焚き火台に火が灯され、ドラマティックな雰囲気になる。「ここでお月見をしながら、打ちたての新そばをいただく会をお客さまと企画しています。素敵な会になりますよ」と田島さん。段々畑の小屋は、お客さまに畑を眺めながら食事をしていただきたくて、数年前に建てたもの。少しずつ改良を重ねて、本格的なおもてなしができるまでになりました。今のところは、囲炉裏で川魚やベーコンを焼いたり、鍋を作って召し上がっていただいていますが、畑の野菜を使ったおでんや焼き鳥も合いそうだねと、シェフたちと相談しています。
仏師の深尾兼好さんと囲炉裏を囲んで一献。深尾さんは田島さんが経営する湯治旅館「田島本館」に飾られている仏像の作者。広告会社社長を退任された今、仏像づくりに余念がない。アユの塩焼き。地元の新鮮な食材はシンプルな調理法で食すのがいちばんという。あとは、職人さんを招いて、お寿司を握ってもらったり、うちで育てたそばを使って、そばを打ってもらうことも計画中。こうした現在進行形のプロジェクトは無数にあって、僕に休んでいる暇はありません。呆れられることもありますが、僕はマグロなので、泳ぎ続けていないと死んじゃう(笑)。「天空の森」はまだまだこれから。もっともっと面白くなりますよ。
「天空の森」オーナー 田島健夫(たじま・たてお)
川底を映して色を変える清流。その浅瀬に椅子を置き、釣りをする。ハヤやアブラメなどの川魚以外に、スッポンも獲れるというから驚く。1945年、鹿児島県・妙見温泉の湯治旅館「田島本館」の次男として生まれる。東洋大学卒業後、銀行員を経て、1970年に茅葺きの温泉宿「忘れの里 雅叙苑」を、2004年に約60万平方メートルの広大なリゾート「天空の森」を開業。尽きないアイディアと類い稀なる実行力で、日本の観光業界を牽引する。
撮影/本誌・西山 航 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2023年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。