旬を愛でる花旅・庭めぐりとは…毎週水曜日は、ガーデニングエディターの高梨さゆみさんが“今が旬”の花の名所情報をお届け。今回は画家クロード・モネが描いたスイレンの景色を、日本で堪能する旅をご紹介します。
旬を愛でる花旅・庭めぐり(43)スイレン咲く美しき池に陶酔する〜高知・北川村「モネの庭」マルモッタン
水面を彩るスイレンが咲く景色は華やか、かつ涼しげ。7月中旬には温帯性、熱帯性の品種が咲き揃い、最盛期には約300輪が咲き誇る。フランスに行く必要を感じなくなるクオリティの高さ
フランスのジヴェルニーにある「モネの庭」を雑誌の取材で訪ねたことがあります。その日は休園日で、庭は私たちの独占状態。ひっそりと静かな庭で、どこにカメラを向けても観光客がフレームに入ることがないという、滅多に味わえない幸運に恵まれました。
庭園責任者のジルベール・ヴァエさんと池のほとりのベンチに座り、ゆっくりとお話を伺うこともできました。そのジルベールさんがまずおっしゃったのが、「わざわざフランスまで来なくても、北川村の庭に行けばいいじゃないの」。
その数年前に日本の高知県北川村に「モネの庭」マルモッタンがオープンしていたのです。「いえいえ、今回はフランスの花旅の取材ですから・・・・・・」
ジルベールさんは北川村「モネの庭」マルモッタンの庭づくりにも尽力された方で、「北川村の庭はジヴェルニーの庭と同様のクオリティだよ。庭の管理は日本人のほうが上手かもしれない」とも話していました。
その言葉を聞き、私は帰国後すぐに北川村を訪ねました。村起こしが目的の事業と聞いていたので、「モネの庭」をモチーフにした、地方によくあるテーマパークだろうと思っていたのですが、実際に訪ね、それが大きな間違いであったことを知りました。
北川村「モネの庭」マルモッタンは、ジヴェルニーの「モネの庭」をできるだけ忠実に再現し、なおかつ日本の気候風土に合うような植物選びをした本当に見応えのある庭で、ジルベールさんの言葉どおりとてもクオリティの高い庭だったのです。
いま、その庭にスイレンの花咲く、1年でいちばん美しい季節が訪れています。
日本で出会うモネの世界。まずはスイレンが咲く水の庭へ
本家ジヴェルニーの庭と同様、モネが憧れた日本を象徴する緑色の太鼓橋が「水の庭」の景色のアクセントになっている。園内には「水の庭」「花の庭」「光の庭」とテーマの異なる3つの庭があります。まずはスイレンを見に「水の庭」を目指しましょう。
ここに咲くスイレンは、ジヴェルニーの庭に咲く中から株分けしてもらった温帯性の8品種を受け継いでいるそうです。さらにフランスでは気候的に栽培が難しい熱帯性の品種5種のほか、原種や新品種も取り入れられています。
熱帯性のスイレンは、モネも栽培を試みてうまく育てられなかったと言われている品種です。なかでも、モネがぜひとも咲かせたかったブルー系のスイレンも、ここでは毎年美しい花を咲かせています。
モネが咲かせたかったが、気候が合わずうまく栽培できなかったというブルーのスイレン。これは熱帯性の‘ウィリアム・ストーン’モネの思いを引き継ぐジルベールさんに、開園当初「ぜひともブルーのスイレンを咲かせてほしい」と熱望されたそうですが、ここの庭のブルーのスイレンを見たら、きっとモネはキャンバスを何枚も使って時間を忘れて作品を描き続けるのだろうとしんみり感じました。
モネといえば『睡蓮』の連作が有名ですが、なぜ連作なのか、その理由を私はジヴェルニーを訪ねたときに少し理解ができた気がしました。
スイレンが咲く池をのぞき込むと、水面には周囲の木々や空が映り込み、まるで水の中にもうひとつ世界があるように見えます。現実の世界と水の中の世界、その境界に浮いて咲くのがスイレンです。
限りなく美しい景色。けれど水の中の世界は移ろいやすく、少し風が吹いて水面が揺れただけ、雲が移動しただけで、がらりと様相を変えてしまうのです。瞬時に姿を変えてしまうその美しさを捉えようと、モネは常に3、4枚のキャンバスをそばに置き、次から次へと絵筆を進めたそうです。
だから、スイレン咲く池の景色を表現するには、何枚もの絵が必要で、それがモネ独特のスタイル“連作”につながったのではないかと。
スイレンの池を眺めているうちに、ほとりの木々の間からキャンバスを抱えたモネが姿を表しそうな・・・・・・。そんな楽しい気配をぜひ感じてみてください。
モネは水面に映る移ろいやすい景色を捉えようとキャンバスを何枚も用意し、次から次へと絵筆を走らせたという。水鏡の美しい庭の景色を北川村でぜひ堪能して。出会えたらとてもラッキー! ブルービーを探そう!
さて、スイレンの時期にこの庭を訪ねたら、もうひとつ探してみてほしいものがあります。それは日本ではとても珍しいブルービー(青いハチ)。
体が黒とブルーの縞模様になっている美しいハチで、正式にはナミルリモンハナバチといいます。幸せの青い鳥ならぬ青いハチです。「花の庭」「水の庭」でよく飛んでいるそうで、ブルービーは黄色のオミナエシの花が大好き。探すときは黄色の花を目印にしてください。
幸せの青い鳥ならぬ、青いハチ、ブルービーは黄花のオミナエシが蜜源。黄色の花を目印にラッキーを見つけて。さて、旬の花が咲く「花の庭」もじつはジヴェルニーの庭によく似ています。さまざまな花色が混じり合うように咲くジヴェルニーの庭を見たとき、これはモネにとって何色もの絵の具を出したパレットなのだろうなと思いました。
ひと色ずつきれいに並べたのではなく、混じり会うように置かれた色。その組み合わせからモネは独自の色を探し出していたのではないかと感じました。
庭の散策の合間に「カフェ モネの家」でのティータイムもおすすめです。2017年にリニューアルしたカフェの建物は、モネが暮らした家をモチーフにしています。地元の食材を使ったメニューを味わいながら、テラスで北川村の豊かな自然を眺めていると、心からリラックスできて本当に心地よい!
モネが暮らした家をモチーフにリニューアルされた「カフェ モネの家」。地元の食材を使った創作ランチメニューがおすすめ。焼きたてのパンがおいしい「手づくりパン工房」や、モネにちなんだグッズが揃うショップもある。最後に・・・・・・
「私は花によって画家になれたようなものだ」
そう語ったモネの意志を継ぐ美しき庭が本家のジヴェルニーのほかにもうひとつだけ、日本にあることを私は誇りに思います。
オープンから時間を経て、木々や植物などが充実し、ますます魅力的になった庭をぜひ訪ねてみてください。
色彩パレットのように季節の花が混じり咲く「花の庭」もとても美しい。「光の庭」は、オリーブやヤシ類、ソテツ、アロエ、さまざまなハーブ類などの地中海をイメージした植栽。ジヴェルニーの庭にはない景色だが、その光溢れる様子を見たら「光の画家」と称されたモネは、きっと夢中で絵筆を走らせたに違いない。