絶景鉄道でゆくスイス 第3回(全4回) 標高4000メートルを超える白銀の世界。中世の昔からつとに聞こえた知の聖地。湖を抱いて輝く葡萄畑。スイスの素晴らしいところは、そうした憧れの世界遺産を鉄道が繫いでいることです。目指す場所も道中の車窓も感動連続の鉄道旅へ、さあ、出かけましょう。
前回の記事はこちら>> ワインの世界遺産へ。ラヴォー地区の葡萄畑
北東部から出発し、スイスの国土を南西へと斜めに横切っていくとアルプスの雪解け水をたたえた美しい湖、レマン湖に到着します。歴史に名を残す人々がこよなく愛したこの地は太陽の恵みを一身に受けた美味なるワインの故郷でもあります。
11世紀、フランス・ブルゴーニュのシトー派修道僧たちが原型を作ったラヴォー地区の葡萄畑。レマン湖を見下ろす丘陵一帯830ヘクタールが、2007年に世界遺産に登録された。葡萄畑と湖に囲まれた町へ
シェブル村のワイナリー「ドメーヌ・ボヴィ」のテラスで味わう蔵出しワイン。インターラーケンから鉄路を西へ。アルプスの雪山、牛たちがのんびりと草を食む緑の丘を飽きず眺めていると、車窓の風景は一変し、葡萄畑に縁取られたレマン湖が広がります。終着駅モントルーは国際ジャズフェスティバルでも有名な湖畔の町で、一帯にはセレブリティゆかりの場所が数多あります。
そんなレマン湖畔は、寒冷地のイメージがあるこの国で、「スイスのリビエラ」と形容されるほど太陽に恵まれた土地。1000年前にこの特性に気づいた修道僧が急斜面を開墾したのが、ラヴォー地区の葡萄畑の始まりです。
ここには“3つの太陽”があるといわれます。1つ目は南向きの丘が受ける太陽光。2つ目は湖の反射光。そして3つ目は急勾配の畑を保つために築かれた石垣が蓄える熱。加えて、傾斜がきついためにトラクターが入れず、手仕事で作業を行うことによって極上のワインが生まれるのです。とはいえ、スイスワインにお目にかかる機会はそう多くないはず。というのも、生産量の9割以上が国内で消費されてしまうため、ほとんど輸出されないという“秘蔵っ子”ぶり。スイスに来ないと味わえないのがスイスワインなのです。
兄とともに4代目として家業をもり立てるエリック・ボヴィさん。先祖伝来の11ヘクタールの畑から16種類のワインを醸造。蔵に並ぶ樽の絵は彼の叔父さんが描いたもの。旅人にとっての幸運は、電車と徒歩で世界遺産ワイナリーが訪ねられること。鉄道が丘陵の上と下に並行して通っているので、上の駅で降りてから湖畔の駅まで、あるいは逆のルートで、石垣の熱を実感しながらのんびりと畑を散策し、心優しい造り手を訪ねることができます。どこまでも広がる葡萄畑と湖を前に、蔵出しのワインで乾杯。旅の喜び極まる瞬間です。
モントルー近郊、レマン湖に裾を浸すようにしてたたずむシヨン城。イギリスの詩人バイロンが「シヨンの囚人」を詠んだのをはじめ、古今東西、多くの人が感興を覚えた名所。今回ご紹介したユングフラウを訪ねる家庭画報の旅を、『家庭画報2023年4月号』の253~257頁でご紹介しています。ぜひご覧ください。
撮影/武田正彦 取材・文/鈴木春恵 協力/スイス政府観光局
『家庭画報』2023年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。