素肌を輝かせる糸の宝石 盛夏、美しいレースをまとう 第4回(全10回) 16世紀のイタリアで誕生して以来、職人の手業の極致として尊ばれ人々を美しく彩ってきたレース。季節を問わず装いに華をもたらしますが繊細で涼しげな佇まいはことさら夏の装いを優雅に見せます。日差しに映えるレースの着こなしをご提案します。
前回の記事はこちら>> 受け継がれる、レースの今
レースハンカチ2万2000円/和光16世紀のヴェネツィア。王侯貴族が頂点の階級社会の時代にレースは誕生しました。大阪成蹊短期大学でファッション文化を専門とする百々 徹さんはいいます。
「今までにない装飾品を身につけ、流行を作ることを競った貴族は、職人へ潤沢な資金と時間を与えた。職人は創意を凝らし、レースが誕生したのです」。
下に紹介したニードルポイントレースとボビンレースを双璧として、レースの技術は研鑽されていきます。
17世紀後半、レースは最上の贅沢品かつ外貨獲得の政治的道具でした。ほとんどのレースを輸入に頼り財政難に陥っていたフランスは、国内生産を強化すべく王立のレース製作所を設立。次第に欧州中の宮廷で人気を博すまでに成長した結果、レース文化は18世紀のフランスで最盛期を迎えます。
「ルイ15世は結婚式の祭壇を飾る4メートル×63センチの敷物を、100人がかりで10年かけて作らせた。レースを装うことは、職人が費やす“時間”を装うことなのです」。
レースの価値は青天井。しかし産業革命、仏革命が起き人々の価値観は変容します。19世紀半ば、機械の発達で既製服が普及し、誰もがお洒落を楽しむように。
「職人が丹誠込めた“本物”を装うことが価値とされた時代から、大衆消費社会になり“本物に見えること”が重要になった」と百々さん。
同時に、富の象徴のレースは、女性を美しく彩るものになりました。そして今、レースは新境地を迎えています。
「現在では、レースは“風通しのよさ”を象徴しているのかもしれません。閉塞的な時代の中で、見た目も着心地も風通しのよいレースを装うことは、心の開放感に繫がります」。
美しき糸の宝石は、時代とともに役割を変え受け継がれていきます。
ニードルポイントレース
16世紀前半、ヴェネツィアで発祥。織り上がった生地から糸を抜いたり寄せたりして空間を作り、かがり縫いで透け感のある模様を作るドローンワークと、布の一部を縁取るように刺繡し、内部を切り抜き模様を作るカットワークを刺繡職人が発展させたもの。写真は、フランス国内10か所の王立のレース製作所の一つ、アランソンで18世紀に作られたカラー(襟飾り)。“清潔”を礼儀とする宮廷社会において、レースは礼を尽くす装いでした。
ボビンレース
布を織り上げたあとに裾から糸がほつれないよう、経糸を交差させて縁を装飾する房結びの技術から派生した技法で、平面的な仕上がりが特徴。フランドル(ベルギー)で発祥したとされます。写真は、王族もしくは貴族女性のものとされるクリノリン(半円球形ドレス)。1860年代頃に流行しました。最高品質の亜麻を生産するフランドルと、卓越した漂白技術を有するネーデルラント(オランダ)によって、純白のドレスが完成します。
表示価格はすべて税込みです。
撮影/佐藤 彩 スタイリング/おおさわ千春 写真/産経新聞社 所蔵/ダイアンクライス
『家庭画報』2022年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。