Vol.15 “若い才能を支援する”という使命
「『ワイエムファッション研究所』と“研究”という名を冠したからには、果たすべきミッションが私にはある――、そう思いながら仕事をしてきました。ファッションの研究を大きな“3つの柱”で構成しています。第1の柱は《デザイン活動》――着るひとを美しく引き立て、心地よい気持ちにする服を作ること。第2の柱は“文化を担う”という意味での《メセナ活動》であり、第3の柱は《情報を発信する活動》です」
RCAを卒業した青(写真右)がスタートさせたYMFデザインヨーロッパ。新しい発想力とバイタリティあふれる社員4名のユニークな活動が、ワイエムファッション研究所の理念をどんどん具現化していく。万里子は海外進出にも明確なビジョンをもっていた。2001年、長女の青(セイ)に任せたロンドンの「YMFデザインヨーロッパ」の設立を契機に、第2、第3の柱の活動が大きく花開いていく。
WEBメディアにコンテンツ販売する先見の明
ロンドンの超難関大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(通称RCA)を青が卒業した年に設立されたYMFデザインヨーロッパ。青はユニークな業務にも着手した。
「WEBメディアに、青自らが取材し写真を撮ってファッション情報を提供するというのです。2年ほどの間、『アパレルウェブ』というメディアと契約を交わして情報を買い上げてもらっていましたね。ロンドンのストリートファッション、最先端のウィンドーディスプレー、センスのよい若者たちへのインタビューなどを世界に発信し、好評でした」。
ロンドンコレクションの取材、街でのファッションスナップ――。YMFデザインヨーロッパならではの視点でモードを切り取っていった。日本の広告代理店から「ワイエムファッションのeコマース整備をお願いしてはどうか」と万里子に紹介されたデザイン事務所が、自分たちで運営していた「アパレルウェブ」。ロンドン、パリ、ミラノ、NYのファッションウィークと呼ばれるコレクション時期の情報を届ける業界サイトだったが、青はコレクションの取材はもちろん、その見事な嗅覚でストリートの新しいセンスを取り上げて反響をどんどん大きくしていった。
「青に任せたYMFデザインヨーロッパは、服を作って売るというのとは違った方法で、初年度から大きな黒字を出す優良企業になりました。“コンテンツを販売する”という柔らかな発想が輝いた結果だと思います」
アーティストの1点ものを届ける高感度のセレクトショップ
万里子のもとには何かと面白い相談が舞い込んでくる。楽しむことが好きな人に“楽しいことが集まる”の法則…とでもいうのだろうか。
「ラフォーレ原宿から、“何か新しく面白いこと”を展開したいのだけど、と相談があったんです。ちょうどロンドンの青のもとには、RCA時代の人脈、アパレルウェブ関連で知り合うユニークなデザイナーたちの輪がどんどん広がっていた頃のこと。彼らが心を込めて作っているアイテムを買い付けてセレクトショップの形式で扱ってみたい、という青の提案もあり、キュレーターの役割を担って『ysh(イッシュ)』という店名をつけラフォーレ原宿に出店しました。2003年のことです」
2005年頃のyshの様子。お洒落でキッチュ、当時の日本ではお目にかかれないセンスあふれる1点ものが詰まっていた。まるでおもちゃ箱のような楽しさ!若いデザイナーたちにはアイテムを量産することは難しい。けれどもセレクトショップとして稀少な1点ものを扱うというスタイルならば、デザイナー・お客さまの双方に嬉しい価値が生まれる。1点ものに限定したわけではないけれど「ほとんどが、できたてほやほやの1点ものでしたね」と当時を思い出して万里子の眼はニッコリと細くなる。そう、ヨーロッパ在住アーティストのプレゼンテーションの場として胸を貸した形でもあった訳だ。
2005年にはyshのショップを飛び出し、ラフォーレ原宿の正面入り口でイベントを催したことも。青の友人ポ-リーナをフランスから招き、その場でTシャツに絵を描くなどライブ感溢れる試みで賑わった。“ショールーム、ギャラリー、ショップの要素をひとつにまとめた空間に”という青が掲げたコンセプトは、自分流のお洒落を楽しむ日本の人々の心にも響き、yshはセンスのよい人が足繁く通う店として大成功。服やアクセサリーだけでなく、陶器やちょっとファンキーなインテリア小物の入荷もあり、大いに注目を集めた。
ヨガネコ!? キャラクターの一人歩きも大歓迎
ヨガのポーズをとる「ヨガネコ」のぬいぐるみ。ほかにも“かゆいところに手が届くポーズ”とか“もっと猫背になるポーズ”など猫らしい(?)ポーズがお得意。一目見た瞬間にクスッと笑ってしまう、ほっこりとぼけた表情がかわいいネコのぬいぐるみ。ヤッコマリカルドにこんなアイテムが!? と意外な気持ちを禁じえないけれど、この「ヨガネコ」グッズたちは歴としたワイエムファッション研究所がプロデュースしたアイテムだ。
「きっかけはロンドンのYMFデザインヨーロッパに出入りしていたグラフィックデザイナー・ユウコさん(廣澤結子)の、スケッチブックのいたずら描き。なんともユーモラスなネコだったので、このネコにヨガポーズさせたら面白いんじゃない? ヨガ講師になったネコってことにする?などと皆でストーリーを膨らませたあげく、グッズのほかに絵本まで発行してしまったんです」と万里子。
“サプリメントのようにリラックス効果がある本”、という商品コンセプトはスタッフ皆で作り上げたものなので、作者名は「ヨガネコ倶楽部」というチーム名にして、日本の大手出版社にかけ合って書籍化。また、「ym zakka」のバッグやスマートフォンに付けられるストラップやぬいぐるみが作れないものか、とサンリオに企画を持ち込んだところ、国内生産の製造販売も実現できた。若いアーティストを引き立てて楽しいアイテム展開を果たしてしまうとは、いかにも万里子らしい仕事ぶりだ。
上・『ヨガネコ』は小学館スクウェアから、下・『ヨガネコの元気が出るリラックスサプリ』は幻冬舎から出版された。余談ではあるが、ワイエムファッション研究所にはネコ好きが多い。ワイエムファッションに限ったことではないが、デザイナーやアーティストは自由で気ままでマイペース……ネコちゃん気質の者がゴロゴロ(!?)している業界でもある。思えば、ユニークな才能の集団をのびのびと広い心でまとめあげるゴッドマザー万里子は、巧みな“猫じゃらし”の使い手なのかもしれない。
さて、次回はファッションの枠を超えたメセナ活動、伝統芸能への文化サポ-トのお話をうかがいます。どうぞお楽しみに。