これぞジュエリーの真髄 第2回(02) カメオとインタリオ 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんによる解説で紐解く、ジュエリー連載。第2回は、カメオとインタリオの奥深い世界をご覧ください。
前回の記事はこちら>> 近世に大流行したカメオ
19世紀の初め、フランスでナポレオンが皇帝になります。彼はジュエリーが大好きな皇帝で、ドイツ人が作り出した鉄のジュエリーであるベルリンアイアンジュエリーの工房を丸ごとパリに移したほど。
彼はまた、カメオが何よりも好きで、征服した欧州各国の王侯貴族が持っていた古代からのカメオを取り上げました。さらにはイタリアの職人をパリに移住させ、カメオ工房を作るほどでした。
いずれの時代でもそうですが、欲しい人がいれば作り手は出てきます。この時代、イタリアにはカメオ彫りの名人が続々と生まれます。一番有名なのはモレッリ、ピストルッチなどです。
1.[カロリーヌ・ボナパルト 旧蔵 モレッリ 作]バッカス・カメオ
製作年代:1810年頃
製作国:イタリア1を見てください。モレッリがナポレオンの妹のために作ったカメオで、テーマはブドウ酒の神であるバッカス。層が重なったアゲートを使っていますが、これが凄いのは5層もあることです。世界的にも類を見ないもので、よくもこんな石を見つけたものだと思いますが、それにカールした髪の毛、ブドウの実と葉を彫り出しています。
19世紀には、カメオの肖像を宝石で飾り立てるジュエリーが登場します。これを特にカメオ・アビエと呼びます。
2.アフリカ女性のカメオ・アビエ
製作年代:1860年頃
製作国:フランス2はアフリカ女性の横顔を彫ったもの。宝石を使って髪飾り、イヤリング、そしてネックレスまでつけています。こうしたアフリカ北岸の女性──特にムーア人と呼んだ──をモデルにしたカメオを、ブラッカムーアと呼び、第二帝政期に流行しました。
3.ブラッカムーア・ネックレス
製作年代:1860年頃
製作国:フランス小ぶりのブラッカムーアのカメオを10個使ったネックレス3も素晴らしいですね。
4.アフリカ人のインタリオ・シール
製作年代:18世紀初期
製作国:未詳さらに面白いのは、アフリカ女性を立体に彫り出した4。金銀の細工で飾られていますが、先端はインタリオになっており、押した時の肖像は右の通り。おそらく高位の人の印章として使われたのでしょう。
さて、ここまでカメオをご覧になって気づかれたでしょうか。古代から近世まで、カメオのデザインにしてよいのは、ギリシャ、ローマ時代の神様や神話、王侯貴族の顔、そして聖書の場面だけということに。
5.アゲートカメオ ブレスレット ゴールド
製作年代:1870年代
製作国:未詳近世のものでは、踊る女神のカメオを12個つないだブレスレット5がその見本です。今、日本の宝石市場で売られているような、バラの花とか、鼻の尖った女性像などは、カメオの歴史から見ればいささか例外的な作品なのです。
こうしてカメオが流行すると、当然のごとく古いもののコピーだとか、贋作、質の劣る作品などが、主にイタリア土産として大量に作られるようになります。素材の面でも安価なシェル・カメオが出てきます。
6.シェル・カメオのネックレス
製作年代:19世紀
製作国:未詳シェルといっても6のネックレスのようにギリシャ神話の場面を見事な彫りで作ったものもありますから、馬鹿にできません。
また、カメオ職人=イタリア人というわけではありません。イギリス人でもローマで修業して名作を残した人もいますし、アメリカでも作られています。
7.メデューサのブローチ
製作年代:1860年頃
製作国:イギリス(推定)7はアメシストを使って髪の毛が蛇という恐ろしい神メデューサを彫ったカメオ。これはおそらくナポリにある古代の作品をモデルにして英国で作られたもので、極めて珍しい正面像です。
8.[マーカス社 作]イーリスのボルダーオパール・カメオ・ブローチ
製作年代:1915年頃
製作国:アメリカ8は虹の女神であるイーリスをボルダーオパールに彫ったもの。これはアメリカの作品です。こうして見ますと、カメオというジュエリーはなかなかに複雑で奥深いものでしょう。
撮影/栗本 光
『家庭画報』2023年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。