エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2021年10月号に掲載された第3回、日本画家の千住 博さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.3 ニューヨークの和菓子
文・千住 博
昨年(2020年)の春先、コロナ禍の影響で、アトリエのあるニューヨークには日本からの荷物が一切届かなくなってしまった。初夏の頃になると、送り出されてから数週間経過して、やっとそれらが到着するようになった。届くだけありがたいと思ったものだが、失って初めてわかる便利さに、大変な時代になったと感じた。
実は荷物の中には、和紙や筆、岩絵の具といった日本画の画材のほか、 和菓子が多く入っていた。
日本にいては、菓子全体の中で、時として洋菓子の個性豊かなバラエティや世界各地からの珍しい菓子に押され、たまには和菓子もいいな、という程度だったかもしれない。
しかし、コロナ禍になり、輸送も移動も不自由になり、事情は一変した。
日本から遠く離れた異国に暮らす中、それもこの尋常ではない日々に帰れない日本を思い、願わくば日本文化の宝物のような和菓子を食べたい、と強く感じたのだ。
やっとのことで届き、久々に味わった和菓子の味は心に深く染みた。美しい味とはこのことと感じ入った。美的体験とは、人に勇気を与え、生きる活力を生むものだ。和菓子にはまさしく「美」が存在していた。この美味に救われたと思った。
和菓子にはそれぞれ季節の風情が色濃く反映されていることにも改めて気がついた。
自然の側に身を置き、その美しさも恐ろしさも承知して生きるのが日本人だ。
春になると花が咲く素晴らしさ、それが夏には数え切れない若葉となって生命を謳歌し、秋にはそれらは黄金色に輝き、やがて散り、一面を白い雪が覆う。
そしてまた春になり、花の蕾が開く。それがこの日本だ。わかり易い四季の訪れがある風土は世界でも稀有と言っていい。
その四季の無常観を昇華、凝縮させたのが和菓子だった。これは見事なものだと今更ながら感動したのである。
日本から離れて更に日本の良さがわかるということもある。それを感じることができたのは、遠路はるばる到達した小さな美しい和菓子のおかげだった。ありがたいことだと心から思った。
さてこの秋はどんな和菓子が遠い道のりを超えて届くのだろう。
千住 博日本画家。東京藝術大学卒業、同大学院修了。現在はニューヨーク在住。ヴェネチア・ビエンナーレで東洋人初の名誉賞を受賞し、光州ビエンナーレ(韓国)、成都ビエンナーレ(中国)にも招待される。2017年にイサム・ノグチ賞、2018年に日米特別功労賞、2021年に第77回恩賜賞、日本芸術院賞を受賞するなど、国内外から高く評価されている。
表示価格はすべて税込みです。