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東京藝大で教わる西洋美術の見かた。「アルノルフィーニ夫妻の肖像」“鏡に映る像”の謎

2021.10.01

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200年以上の時を経て、《アルノルフィーニ夫妻の肖像》の鏡はスペインにまで反響しました。ベラスケスの《ラス・メニーナス》(下・図4)の入り組んだ鏡像表現は、間違いなくヤンの夫妻像に触発されています。

図4 ベラスケス《ラス・メニーナス》 1656-57 年、油彩、カンヴァス プラド美術館、マドリード

図4 ベラスケス《ラス・メニーナス》 1656-57 年、油彩、カンヴァス プラド美術館、マドリード


16~18世紀の間この夫婦像はスペイン宮廷にあり、宮廷画家だったベラスケスは実物を見ることができたからです。筆を持つベラスケスは、王女マルガリータが「鏡に映る」姿を描いているように見えます。マルガリータがポーズをとるのに飽きないように、女官や女道化師が周りでご機嫌をとっています。

しかし、ベラスケスの前に置かれた大きなカンヴァスは、小さなマルガリータひとりの肖像にしては大きすぎないでしょうか。実はベラスケスは、マルガリータではなく、国王夫妻の二重肖像画を描いているところなのかもしれません。

なぜなら、マルガリータが映っているはずの鏡(我々が見ている絵でもあります)の位置に、国王夫妻が(絵を見る我々の場所に)立っているからなのです。マルガリータの後方にある四角い鏡に、国王夫妻が映っていることでこのことが暗示されています。



ベラスケス(画面左)が作品中のカンヴァスに描いているのは、中央に座る王女なのか四角い鏡の中に映る国王夫妻なのか?

鏡を使って空間を補完する技法はヤンから学んだものでしょう。しかし、ベラスケスは、ヤンの鏡像表現を複雑に発展させました。鏡と鏡が向かい合う不思議な空間に、国王夫妻を描く自画像と、王女と女官たちの肖像画を組み合わせて不思議な集団肖像画を作り出したのです。

ベラスケスが疑いもなく天才なのは、ヤンの模倣にとどまらず、それを超えた新しい空間を作り出したことにあります。この「ねじれた」空間は、まさにバロックの特徴そのものなのです。

佐藤直樹/Naoki Sato

東京藝術大学准教授。1965年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科後期博士課程中退。ベルリン自由大学留学、国立西洋美術館学芸課勤務を経て、2010年より現職。専門はドイツ/北欧美術史。2021年1月に出版した著書『東京藝大で教わる西洋美術の見かた』も好評。





〔連載〕東京藝大で教わる西洋美術の見かた



1.アルノルフィーニ夫妻の肖像
『家庭画報』2021年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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