エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2022年1月号に掲載された第6回、法相宗大本山 興福寺貫首の森谷英俊さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.6 海を渡った羊羹
文・森谷英俊
令和の大修理間近の興福寺五重塔。猿沢の池に映る姿は奈良を代表する景観の一つです。興福寺の宗祖は慈恩大師と言い、7世紀に中国で活躍された方です。今から約319年前、1300年のご遠忌に際し、大師のみ影を集めた評伝の記念出版が計画されました。
描かれたお姿は長い年月の間に各地に伝世し、遠くは米国のメトロポリタン美術館にも収集されていました。掲載依頼と調査にそこの学芸員と修復技術者を単身で訪ねることになり手土産はどうしようかと思案。日本だから和菓子ではと考え、日持ちのする羊羹と簡略な野点用茶道具を持参しました。
安価であった大韓航空便を利用したので、当時はニューヨークへの直行便はなく、ロスで一泊しての国内便利用。おまけに濃霧のため予定のケネディ空港ではなく、ラガーディア空港に連れて行かれ、出鼻を挫かれた気分となりました。
宿泊は安くて便利な処と言う事で、友人がレキシントン通りにあったイタリア人経営のホテルを予約しておいてくれました。映画『ゴッドファーザー』にも登場したホテルで、ある意味すごく安全。強面だけど気さくなフロント支配人にお点前を一服。羊羹はお気に召したようです。宿泊していた日本人の留学生にもおもてなし。お抹茶は初めてだけど美味しいと言っていました。米国の料理にはこれでもかと言った甘いデザートが合いましたが和菓子の優しい味も好評のようでした。
用件を済ませ久々にシアトルの友人宅を訪れました。独系米国人で日本文化に精通。翌日に茶道講師の招待だからと、ワシントン日本庭園の茶室に随行しました。講師は金髪碧眼の麗人。歓談するも2時間ほどコッテリと指導を受ける仕儀になりました。しかし、異国でだされた思わぬお手製の和菓子は格別の美味しさでした。現在であればニューヨークには宗家 源 吉兆庵もあり、いつでも日本と変わらぬ和菓子を米国の人達と楽しめる。隔世の感があります。
森谷英俊法相宗大本山 興福寺貫首。2019年より現職。共著に『興福寺のすべて』(小学館)、『新版 古寺巡礼 奈良 第5巻 興福寺』(淡交社)などがある。奈良のシンボルの国宝五重塔は、現在、令和3年度の修理のための調査が行われている。いよいよ明年より本格的な工事の準備が開始される。一山の精鋭を率い陣頭に立つ。
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