『十階』(ふらんす堂)。――歌集『十階』は、1年365日、欠かすことなく毎日、詠まれた短歌が収められています。ふらんす堂のサイト上の短歌シリーズは今も続いていますが、『十階』がその第1弾で、前例がなかったので、緊張しながらやっていました。このときの歌は一日の終わりにつくっていたのですが、元気なときはいいけれど、疲れ切っているときでもつくらないといけないので……。あとで読み返すのがちょっと怖かったけれど、自分でも忘れていたものが蘇ってきて、心の記憶にはなりましたね。歌集は普通、歌だけが並んでいるので、短歌に親しんでいる人しかなかなか手に取らないけれど、『十階』は歌に短い日記をつけて、短歌と散文がつかず離れずという感じでつくったことで、それまで短歌を読んでいない方も、散文を手がかりに手に取ってくださったようです。
――散文の助けがあることによって歌を解凍できる、ということは確かにあると思います。慣れていな人は、歌をどう読めばいいのか、ちょっと怯んでしまうところがあるみたいですね。実はどう読んでもよいんですけど。でも、短歌に日記をつけたことで、読者を広げる役割はあったのかなと思います。
未知の庭はるかにありてわたくしの内臓に棲む鳥を置きたい鳥のようでありたいと言った我のこと笑った人を覚えていますときどきは名前を変えて呼んでみる カケル、タカトシ、シズク、水鳥
(『十階』) 左『青春文学アンソロジー』(三省堂)、右上『ゆめのほとり鳥』と、右下『眠らない樹』(書肆侃侃房) いずれも東さんが装画を手がけた鳥三部作。――東さんの歌には、鳥をモチーフにしたものが少なくないですが、短歌ムック『眠らない樹』の創刊号では、文鳥をモチーフに、表紙のイラストも描いていらっしゃいますね。現代短歌全般に詠まれるモチーフですけど、鳥は本当に好きで。結婚して夫の転勤で、関西から東京に移転後、八王子市や多摩市で暮らしてきたのですが、あの辺りは鳥が身近にいる環境だったので、自然に目にしていましたが、特に好きになったのは、2012年にイラストレーション講座に通い始めてからです。スペインの詩人フアン・ラモン・ヒメネスの散文詩『プラテーロとわたし』を読んで挿絵を描きましょうという課題のときに、鳥の描写がたくさんあったので、それを一つひとつ描いていたら、鳥のフォルムや色の多彩さ、おもしろさに気づいて、ますます鳥が好きになって……。『ねむらない樹』の表紙に描いた赤いピンヒールを履いた文鳥のキャラクター“レピンさん”は、「変身」という課題が出たときに、私の好きな文鳥をが人間に変身しているところを表現しようと思って描きました。
――『ねむらない樹』は、短歌を詠まない人でも、手に取ってみようと思う内容と雰囲気があるムックですね。そうなっていたら嬉しいですね。短歌の専門誌ではあるのですが、今までの堅いイメージを破るようなものになれば、と思っていたので。若い人を中心に手に取ってくれているようですが、『ねむらない樹』は書店さんもすごく応援してくださっているんです。版元の書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)さんが、書店でフェアを展開しやすいグッズなどもつくっていたみたいですけど、刊行時には、多くの人がツイッターなどでこの表紙を上げてくれたので、派手な絵にしてよかったなと思っています。
千駄木にて 東 直子/Naoko Higashi
歌人・作家
1963年生まれ。96年「草かんむりの訪問者」で歌壇賞受賞。同年、歌集『春原さんのリコーダー』でデビュー。2006年から小説も発表し始め、『いとの森の家』で坪田譲治文学賞を受賞。近著に童話『そらのかんちゃん、ちていのコロちゃん』(絵・及川賢治)、『心に風が吹いてくる 青春文学アンソロジー』など。歌壇賞や角川短歌賞の選考委員のほか、新聞・雑誌などの投稿欄で選者を務める。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎