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歌人の再読の書。東 直子さんが気がつくと手に取ってしまうという、この3冊(後編)

2018.11.13

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ことばの世界――詩歌のほうへ 第4回 東 直子さん(歌人・作家)

「ことばの世界」 “作品は、まったく何もないところから生まれるものではなく、先行する文学作品の影響をさまざまなかたちで受けながら書かれるもの”とは、多くの書き手が口にすること。作家が立ち返る場所としての大切な本、繰り返し読んでしまう再読の書を挙げてもらいます。 東 直子さんのインタビュー(前編)はこちら>>>


 

2006年に『長崎くんの指』を発表以降、コンスタントに小説を発表し、『いとの森の家』で坪田譲治文学賞を受賞。“短歌は直感でつくるのに対して、小説はコツコツと、石を積むように積み上げてゆく感じで、散文をたくさん書いていると、短歌ってどうやってつくるんだっけ、ってわからなくなるときがあって。やはり短歌と小説は違う感じはあります”と東さん。散文を書いた後、すぐに短歌をつくることはなかなか難しいようで、一晩おいて、あるいはちょっと昼寝をする、食事をするなど、短歌に入るにはリセットが必要だという。


――和歌山の民話にインスピレーションを得て執筆された『晴れ女の耳 紀ノ国奇譚』は、語りが魅力的な小説です。どの作品も、民話が東さんの身体を通ることで、物語としてアウトプットされたという印象を受けました。

この小説は、即興的につくった感じはありましたね。表題作の「晴れ女の耳」は、キヌさんというおばあさんが座布団に座って語り出すのをそのまま書いているので、キヌさんのパートは、自分に語りかけながら、自動筆記のように書いていました。子ども向けの民話集「和歌山のむかしばなし」に着想を得たり、祖父母や母から聞いた話などを合わせたりして話を膨らませました。たとえば、「イボの神様」という作品のなかで、イボのついた葉っぱをなでてイボが取れるようにイボ神様にお祈りするシーンが出てきますが、実際に祖母に教えてもらって行ったことで、ほんとうにイボが消えたんです。

――東さんは、おばあちゃん子だったんですか。

外孫で、一年に一度しか会えなかったので、おばあちゃんっ子というほどでもないですね。でも、夏休みに長期間滞在していたので、祖父母の生活はいろいろ印象に残っています。

 

「それで、その……、キヌさんは、そのときからずっと、こんなにちいさくなっても生きている、のですね」
「そうや。絶対死なへん最強の晴れ女としてな」
「それはよかったですね」
「こんだけちいさいと食料もちょびっとですむんや。夜中にあんたの耳から抜け出して、ちょろちょろっとおかずをいただいても、誰も気づけへん。ほんま、食べるもんなくて炭かじったとき、みんなで一緒にちいそうなれたらよかったのに。ほしたらうちら。今ごろ一緒におれんのに」

(『晴れ女の耳』 「晴れ女の耳」より)

 

――小説を読んでいると、あちら側とこちら側、異界と日常の境界でちょっと地から足が浮いた世界が描かれている感じがします。

100%ファンタジーを書くというのはあまり得意じゃなくて、現実と地続きのところにある不思議さ、みたいなものが、読むのも書くのも好きなんです。自分が見聞きしたこと、体験したことを混ぜ込んで、少し足が浮いているくらいの感じで書いていますね。

――東さんは新聞や雑誌など、多くの媒体で選者を務めていらっしゃいますが、投稿歌を読んで何か感じる傾向などはありますか。

恋愛中心でキラキラした感じの歌が多かった私たちの若かった頃とはだいぶ違って、学生短歌会出身者はテーマも明確だし、洗練されているし、みなさん、よく勉強されています。バブル崩壊後の時代を生きているせいか、生きづらさを詠む人、ことばを突き詰める人、ジェンダーなどテーマを追求する人など、幅が広がっているように思います。口語の短歌が入ってくるまでは、伝統詩としての短歌を磨く感じが強かったのかもしれませんが、今はそれぞれが自分の持ち味を大切にするという気持ちが強くなっていますね。ただ、どんなタイプの歌を詠む人であれ、みなさん、ことばで新しい世界を構築したいという気持ちを持っているので、私も選をするときは、持ち味が光っていると感じる歌を紹介しようというスタンスでいます。

 



左『晴れ女の耳 紀ノ国奇譚』(角川書店)、右『回転ドアは、順番に』(筑摩書房)。

――そういえば短歌と散文を組み合わせた穂村 弘さんとの共著『回転ドアは、順番に』は、キラキラモードの恋愛問答歌でした。

びっくりする人もいるみたいですね(笑)。ちょうどメールが普及し始めた頃で、気軽にことばをやりとりできることがおもしろくて、“ちょっと歌を送り合わない?”って穂村さんに声をかけたんです。本にするに当たっては、歌の順番を変えて、ストーリーを構成して、歌と歌のあいだの流れをつくる散文を書いてと、かなり手を加えました。当時は珍しかったみたいですけど、今は連句のように、ふたりで交互に歌を詠むというのは増えているようです。『現代短歌』という専門誌に“二人五十首”という連載があるんですけど、雑誌の編集者が歌人に依頼するとき、“穂村さんと東さんの『回転ドアは、順番に』みたいに”って伝えているという話を聞いたことがあります。

 

日常は小さな郵便局のよう誰か私を呼んでいるよな

 

回転ドアに入れないかわいそうな人がいた

あ、って思ったのであ、って言ったら
むこうの人もあ、って思ったのか、あ、って言った。
それから、なんだか気まずい沈黙。
あ、あれは、
とその人は言った。
いいよね、
と。
あれはあれのことかな、と思いながらあいまいに、ええ、
って言っちゃった。

(『回転ドアは、順番に』 1.遠くから来る自転車を より)

 



――詠み手としては、恋愛をモチーフにするほうが楽しいのでしょうか。

恋愛の歌はテンションが上がりますね。男女の恋愛だけでなく、何かを好きになって熱中していることをことばすると、それが歓びにつながるというか。与謝野晶子以降、現代短歌には生を肯定する傾向があって、何かを強烈に好きになるとか、あるいは好きなものから引き離される哀しみとか、動いた心を言語化するというのでしょうか。心が強く動く瞬間の、微妙な心理をことばにすることができれば、他の人にも思いを共有してもらうことができて、広がってゆくおもしろさがあると思います。

――たしかに接点を感じると、歌がすっと入ってくることはあると思います。

そうやって読み慣れてくると、短歌を読むことがおもしろくなっていくんです。歌われていることが想像なのか、本当のことなのか、わからないことに初心者は引いてしまうのかもしれませんが、そういったことにこだわりすぎることなく、すべて何かを象徴しているのだと思って読んだほうがおもしろいことが多いし、自由に読んでもらえるといいなと思います。

 
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