ピアニスト 河村尚子さんが語る
「ベートーヴェンは、その極端差こそが美しい」
後期三大ピアノソナタに多く見られる“歌”を想定した指示を「ベートーヴェンは耳が聞こえなかったからこそ、声のイメージを大事にしていたのでは」と、譜面から魅力を引き出す河村さん。ベートーヴェンを理解する「観点」が少しずつわかるように
実は、ベートーヴェンを本格的に弾き始めたのは8年前からなんです。幼い頃からドイツに住んでいましたが、ドイツ人音楽家や作品との接点が少なくて。
でもドイツの音楽大学で指導するようになり、学生に伝えるために楽譜を読み込んだり、多くのアーティストの演奏を聴いたり、室内楽共演を通して解釈のヒントを得たりするうちに、ベートーヴェンを弾くための「観点」が少しずつ摑めるようになりました。
©Beethoven-Haus Bonn
さまざまな肖像画からベートーヴェンの新たな一面が垣間見られます。最も実際に近いともいわれる一枚(ベートーヴェン・ハウス・ボンに展示)。まず彼の「美」は、私は極端さやゴツゴツさにあると思います。静かなフレーズの直後に
ff(フォルティッシモ)(きわめて強く)が現れたり、
f(フォルテ)(強く)の後に突然
p(ピアノ)(弱く)が続いたり。初めはこうした男性的で荒々しい印象だけが強かったのですが、その中に心の優しさも感じられるようになりました。
不協和音を含むハーモニーの使い方も巧みで構成が面白いですね。今取り組んでいる最後のピアノ・ソナタ第32番は、古典派の要素とロマン派のような自由さが共存していて好きです。終楽章の高音域はまさにベートーヴェンの神経のど真ん中をついている感じです。
楽器からもヒントが得られますね。当時のフォルテピアノはとてもデリケート。それで強弱をつけると、響きが豊かなモダンピアノでは出ない打楽器的な要素があるんです。ベートーヴェンの人生をよく知るために伝記なども読んでいます。
©Beethoven-Haus Bonn
宮廷音楽家として活動していた15歳のベートーヴェン。愛らしい少年時の姿がここに(ベートーヴェン・ハウス・ボンに展示)。ポジティブに終わる音楽と生きる
ベートーヴェンは弾くほうも聴くほうも集中力を求められる鬱陶しい作曲家だと思います(笑)。でもその音楽は絶望ではなく、すべてポジティブに終わるところが好きです。チェロ・ソナタも、弦楽四重奏曲も。それが彼の生き方だと思います。
河村尚子(かわむら・ひさこ)ピアニスト。2019年より「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト」にて厳選14作品をリサイタルで披露。公開中の映画『蜜蜂と遠雷』では主人公のピアノ演奏担当が話題に。リサイタル、室内楽、協奏曲など世界的に活躍。 【生誕250周年特別企画】ベートーヴェン 魂を揺さぶる音に出会う旅
本特集の感動をそのままに体験できる、「ベートーヴェン 魂を揺さぶる音に出会う旅」にご一緒しませんか? この度、ウィーンにゆかりのあるベートーヴェンの生誕250周年を記念して、特別な2つのコンサートを心ゆくまでご堪能いただけるツアーを、“家庭画報の旅”として2020年5月に開催いたします。
ツアーの詳細はこちらの記事よりご覧ください>>> ※「ベートーヴェンを愛する6人の識者が選んだ作品」に関しまして
同時発売しているプレミアムライト版(通常版より小さいサイズ)には、付録としてベートーヴェンCD(編集部選曲)がついています。
撮影/小林廉宜 本誌・西山 航、武蔵俊介 取材・文/菅野恵理子 編集協力/三宅 暁
『家庭画報』2020年1月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。