「寝起きでも金」に込められた内村航平選手の決意
最後は、体操の内村航平選手の話です。航平さんはこれまでに北京、ロンドン、リオのオリンピックに出場して、個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得している日本体操界のレジェンド。印象に残っている言葉もいろいろとあります。
2016年、リオオリンピック体操男子個人総合で2連覇という快挙。写真/Laci Pereny/アフロその一つが、「寝起きでも金」。「寝起きで試合に出ても金メダルが獲れるくらいまでにしておきたい」という言葉です。どんな状況でも、何があっても金メダルが獲れるという自信がつくまで徹底的に練習をするということを、彼独自の表現で話してくれたのです。本当に強い選手とは7割の力で戦っても勝てる人だということを教えてくれた人ですね。
航平さんはもともと、メディアの前で多くを語らない選手でした。僕は最初の取材で、「航平さん、怒ってるんですか?」と聞いたくらいです。返事は「いや、怒ってないですよ」でしたが。彼がすごくよく考えて言葉を選んでいるのはわかりましたし、自分の発する言葉で誤解されたくないと思っていることも感じていました。
そんな航平さんに変化が現れたのが、2016年リオオリンピックの前でした。僕は世界体操選手権のメインキャスターを3回連続でさせていただいていますが、航平さんがそれまでと比べて、積極的に話していると感じたのです。
彼はそれまで何年も国内外の大会で優勝し続けている絶対王者でしたが、体操という競技のあり方に満足することなく、「ほかのスポーツに比べてまだまだメジャーじゃない。どうすれば体操の素晴らしさをもっと広められるんだろう」と考えていたんだろうと思います。
そんなとき、航平さんに影響を与えたのが、7歳年下でともに日本代表として戦っていた白井健三選手です。白井選手は実によく話します。何を聞かれても丁寧に答える。こんなことは話してもわからないだろうとか、余計なことはいわないでおこうとか、そういったところがまったくない。そんな後輩の姿に、航平さんは、自分も演技だけでなく、もっと言葉でも体操を伝えていく必要があると感じたそうです。リオオリンピック後の11月に日本初のプロ体操選手に転向した航平さんは今、さまざまな活動を通して体操を広めています。
トップ選手の発する言葉は、多くの人に勇気を与えるだけでなく、競技自体の発展にも関わってくるもの。僕も、選手のみなさんの思いをしっかりくみ取って伝えていきたいと思います。
コラムの締めは毎回、僕のメッセージを凝縮した一文字の書。“心”がすべての根っこにある!という思いをもとに書いています。第12回は「名言心」。僕にとっての名言は、どれも真剣に戦う選手の心の叫びだと気づきました。みなさんも選手たちのプレーとともに、言葉にも注目してみてください。 松岡 修造 SHUZO MATSUOKA
1967年東京都生まれ。86年にプロテニス選手に。95年ウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化本部副本部長として、ジュニア選手の育成とテニス界の発展に尽力する一方、テレビ朝日『報道ステーション』、同『TOKYO応援宣言』、フジテレビ『くいしん坊!万才』などに出演中。近著に日めくり『まいにち、新・修造!』。東京2020オリンピック日本代表選手団公式応援団長としても活動中。
公式サイト>> 撮影/鍋島徳恭 スタイリング/中原正登〈FOURTEEN〉 ヘア&メイク/井草真理子〈APREA〉 取材・文/清水千佳子 衣装協力/KONAKA