薬物送達システムで、戦略的にがんをたたく
松村さんが薬物送達システムの研究を始めたのは1980年代。がん組織にできた新しい血管は正常な血管に比べてもろくて粗く、正常な血管より大きな物質が通り抜けやすいことを発見したのがきっかけです。
現在、膵臓がん、一部の胃がんのような治りにくいがんに薬を届ける方法を研究しています。
「がんが広がっていくとき、ケガの傷口がふさがるのと同様にフィブリンという物質ができ、それをもとに種々の変化が起きて硬い組織(間質)を作っていきます。治りにくいがんでは、この間質が厚く、結果的に間質が中のがんをガードすることになり、薬が届きにくいのです。
一方で、がん組織ではフィブリンを溶かすプラスミンも活性化されています。そこで、がんに結合する抗体と抗がん剤をつなぎ、プラスミンでそのつなぎ目が切れて抗がん剤が発射される抗体薬物複合体を開発しています」。
放射線の一種のα線やβ線に抗体をつけ、がんに届けて、がんにより選択的に放射線を照射する方法も研究中です。
世界では、光に反応して活性酸素を放出し、がんを殺す物質を容器に入れてがんに届け、外から光を当てる方法、超音波に反応する物質とのコンビネーションで診断と治療を同時に行う方法など、がんのユニークな治療法が開発されているところです。
薬物送達システムは、研究が進む遺伝子治療にも必須の技術です。
遺伝子が原因の先天的な病気などでは、遺伝子を操作する物質を細胞の中の特定の小器官にまで届けなければなりません。その入れ物として研究されているのが、細胞に取りついて細胞の中にまで入る性質を持っているウイルスです。
天然のウイルスの毒性をなくして入れ物にする方法、また、ウイルスをまねた人工ウイルスなどが研究されています。
すでに存在する治療法をさらに有効にする、あるいは核酸や遺伝子といった比較的大きな物質を細胞に届ける薬物送達システム。その進展に期待がかかっています。