「ここからどれだけ進化できるか、試したい気持ちがあります」―中井貴一
三谷幸喜さん作・演出による新作舞台が、12月に東京で幕を開ける。卑弥呼の時代から太平洋戦争までの1700年にわたる物語を、荻野清子さんが作曲を手がけた歌とともに描く、その名も『日本の歴史』だ。
三谷さん自身も“冒険”と語るこの舞台で、中井貴一さんがミュージカルに初挑戦する。
「この年でミュージカル!?と、まず思いましたね。当初は、単に三谷さんの舞台に出てほしいという話でしたし、ミュージカルは観るもので、やるものではないとずっと思っていましたから。
でも、せっかく俳優を生業としているのに、それなりに終わっていく人生を選ぶことに何の意味があるんだろう? 60歳も近くなった今、自分で何か恥をかくことをやらないかぎり、自分が停滞していくんじゃないかという気持ちもあって。
それでまあ、三谷さんだったら普通のミュージカルにはならないだろう、恥をかくためにやってみようと思ったんです」
そう話す中井さんにとって、そもそもミュージカルは遠い存在ではなかったのだそう。映画が好きになったきっかけは、小学3年生の頃に観て、「サウンドトラックを擦り切れるほど聴いた」というミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』。
そこから、ジーン・ケリーの『雨に歌えば』やフレッド・アステアの『パリの恋人』をはじめとするミュージカル映画に惹かれるようになった。
「おじさんたちが楽しそうに歌って踊る姿が、子ども心にファンタジックに映ったのかもしれません。当時のアメリカ映画には、とても影響を受けました」
明るく爽やかでスマートな今の中井さんの原点が、そこにあったことに納得。レコードも出しているその優しく深みのある声が、舞台でどんな歌と物語を紡ぐのか、ますます楽しみだ。
「いや、でも今は、リタイアしたサラリーマンが、たこ焼き屋さんを始めるような心境ですよ(苦笑)」
というのも、1700年もの歴史を2時間半で描くというこのミュージカル、やはり一筋縄ではいかない。登場人物の数は約50役。それを、たった7人の出演者で演じ分けるのだ。
「もちろん僕も、いろいろな役をやります。三谷さんのお好きな時代のお好きな人物を、象徴的にピックアップしながら進んでいく感じになっていて、今お話しできる僕の役を挙げると、源 頼朝に新井白石、あとは、おそらく皆さんご存じない秩父困民党の田代栄助かな。
それはないだろうと、いささか憤慨したのは、僕みたいな未経験者でミュージカルをつくるという趣旨なのかと思っていたら、メンバーがミュージカルで活躍している人ばかりだったこと。香取慎吾さんにいたっては、歌手ですからね。ずるいですよ、これは(笑)」
ユニークなのは、登場人物が自分の考えや心の声を、高ぶった感情がそのまま歌になるような形で表現していく一般的なミュージカルと違って、「三谷さんはこのミュージカルで、感情が高ぶっていない人が歌うというのをやりたいそうなんです」。
「確かに台本を読むと、きっとここで、この人が自分の気持ちを歌うんだろうなと思われる箇所で、その人とは別の人が歌っているんですよ(笑)。
だから余計に、どんなものになるのか僕にはまったく想像がつかない。今はただ、怖いという気持ちが先行しています。
なのに友人知人からは、チケットのオーダーが次々と舞い込んでくるんですよ、知らせてもいないのに。まだ始まってもいませんが、一番の楽しみは千秋楽が来ることですね(笑)」
「僕と三谷さんはどこか似ている気がします」
初めて出演した三谷さん作・演出の舞台は、2007年の『コンフィダント・絆』。翌年の二人芝居『グッドナイト スリイプタイト』に続いて、今回が三作目の三谷さんの舞台となる中井さん。
2001年の映画『みんなのいえ』をはじめ、『ザ・マジックアワー』『ステキな金縛り』といった三谷監督映画にも出演している。
「歴史を動かしたような大物よりも、その脇にいた人に興味があるところが、たぶん僕と三谷さんの共通点でしょうね。
僕は、祖母に連れられて歌舞伎を観にいくと、主役よりも周りに座っている人が気になって、“今あの人気が緩んでるな”と思うような小学生でしたから。
そういった面白がり方が、どこか似ている気がします。笑いのセンスは千差万別だけれども、三谷さんが要求する笑いは“自分とは違うけど、それもあるな”と思える範疇にある。
だからこそ、これだけご一緒できて、刺激をいただいたり、別の方法を見出してもらえているんだろうなと」
ちなみに年も同じで、揃って世田谷育ち。「少し上の世代が楽しんでいたものも含めて、触れてきた番組や音楽が一緒なことも大きいと思います」。