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久石 譲さん×沼野雄司さんが語り合う「私の愛するベートーヴェン」

2020.01.07

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ベートーヴェンの力の源を求めて 第3回(最終回) 2002年に生誕250周年を迎えるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。多くの人に聴かれ、語られてもまだ溢れる魅力――その力の源を求めて、ベートーヴェンを愛する6人の識者が、それぞれの視点で新しいベートーヴェン像に迫ります。前回の記事はこちら>>

作曲家・指揮者 久石 譲さん×音楽学者 沼野雄司さんが語り合う
現代の音楽として、ベートーヴェンを振る、聴く


久石 譲さんと沼野雄司さん

(左)作曲家・指揮者 久石 譲さん (右)音楽学者 沼野雄司さん

ベートーヴェン独特のリズムを打ち出した演奏が新鮮



沼野 久石さんが『ベートーヴェン交響曲全集』を出すと聞いて、最初は意外に思ったんです。割合に昔から、ミニマル・ミュージック(パターン化した音型を反復する音楽)の作品『MUKUWAJU(ムクワジュ)』を聴いたり、それと前後して映画音楽でお名前を知っていたものですから、ベートーヴェンとあまり結びつかなかった。

でも、リリースされていったディスクを一枚一枚聴いていくうちにどんどん納得していき、最終的にこれはほかにはない演奏で、ベートーヴェンにそんな余地がまだあったのか!と改めて思いました。

久石 それは大変ありがたいです。ミニマル・ミュージックをベースにした作品を創る当時の感覚のまま、未来のクラシックはこんなやり方もあるのでは?、という提案ができればと思っていました。

沼野 特に低音(チェロ、コントラバス)が太く音響化されている印象で、小編成ですが、そうとは思えないほど豊かに聞こえました。これはミキシング(複数の音声を効果的に混合・調整すること)で強調されていますか。

もちろん、生演奏の状態でも久石さんが思うバランスになっているのでしょうが、レコーディングのときにそれを一度解体して、ミキシングによってさらにシェイプアップされたのではないかと。であれば、クラシックにはあまりない発想で、テクノロジーとの共存を考えるよいヒントにもなりそうです。

久石 リズムをしっかり打ち出す方法を採りますと、倍音を豊かに響かせるためにも、低音が重要になります。

ミニマル・ミュージックではあるパターンをずらしていき、そのズレを見せるためにリズムを際立たせますが、この方法論をクラシックでも生かしたい、ならばベートーヴェンがいちばんいい。

コンサート時にはコントラバスの位置を通常より前に出してきちんと低音を目立たせ、さらにミキシングでそれを強調することで、バランスが頭で描いたイメージに近づきました。

米現代作曲家スティーブ・ライヒなどもPA(音響拡声装置)を使っており、クラシックでも方法論としてありと考えています。

沼野雄司さん

「ベートーヴェンは、音楽全体がシンコペーション。お上品な調和にピタッとはまらないのが魅力です」――沼野雄司

ベートーヴェンが仕掛けたリズムのトリック、シンコペーション


久石 ベートーヴェンはリズムの天才ですから、思わぬところでシンコペーション(強拍と弱拍の位置関係を変えて曲に緊張感を作ること)がきて、あっといわせますよね。この独特のリズム感を出すには、一拍子で刻むのがいいと思っています。

沼野 なるほど、一拍子ですか。私もベートーヴェンはシンコペーションの人だと思っています。漫然と音楽が進むところに何か一つ違うものをボンと入れるから情報量が多い。

音楽全体もシンコペーションのようで、お上品な調和の中にはピタッとはまらず、グッ、グッとアクセントがついていく。それが彼の素晴らしさの一つだと思います。

久石 まさにそのとおりですね。実は彼が仕掛けたシンコペーションの最大のトリックがあったんです。

たとえば第五番第三楽章のタタタ/タン……という二小節が連なるモティーフ。どれも小節頭から始まりますが、弱拍から始まるモティーフと捉えるのか(タタタ/()ーン)、強拍からと捉えるのか(()タタ/タン)。同じパターンにせず拍はく節せつをずらして絶妙に変化をつける、しかも全楽章にわたってこのような仕掛けが―。

認識はしていましたが、隠れたシンコペーションの意図に気づいたのは録音後でした。ちょっと悔しい(笑)。これを意識した指揮者や演奏はいまだ聴いたことがありません。やはりベートーヴェンはすごいです。

ベートーヴェンに“ビビっていない”からこそ生まれたスタイル


沼野 全集を聴いて強く感じたのは、久石さんがベートーヴェンに“ビビっていない”ことでした(笑)。

全集は人生の集大成として取り組むかたが多く、気負いや新解釈をと意気込むケースが多い。が、久石さんの場合は、低音をきちっと聴かせてリズムの推進力やシンコペーションを強調することで、自然にこのスタイルが生み出されたのだと思いました。

久石 それは嬉しいですね。日本では特にベートーヴェンやブラームスなどのドイツ音楽を「重厚」と表現することが多く見受けられますが、それは第九を楽劇に書き換えたワーグナーの影響や、彼以降の大編成オーケストラの演奏が、戦後日本の音楽受容の基軸になっていたからです。

しかし、ベートーヴェンの時代はそれほど大編成ではない。今回のベートーヴェン交響曲全集に取り組むにあたり、小編成を起用したのもそのためです。

「ドイツ音楽」にある先入観から離れ、譜面からきっちり捉え直すことで、現代のクラシック音楽のあり方に一石を投じることができると思いました。

久石 譲さん

「フォームや完成度……そんなものは全然関係ない。第九のパワーと人に訴えかけてくる力はすごい」――久石 譲

フォームよりエネルギー! 強く訴えかけるベートーヴェンの力


沼野 交響曲全曲の演奏・録音を通じて、ベートーヴェン観は変わりましたか。

久石 むしろ追体験していく気がします。譜面を読むだけではわからない、実際に演奏して初めてわかることが多くありました。

たとえば第九はバランスが悪いと思っていましたが、実際演奏してみると、第四楽章はマリオブラザーズを一面一面クリアしていく感覚で(笑)。

作曲家が特にこだわるフォーム(形式)や完成度とか、そんなものは全然関係ない。演奏者もエネルギーを出しきらないといけない。このパワーと人に訴えかけてくる力は、自分が考えていた作曲のイメージとは違うと強く感じました。

沼野 興味深いのですが、ご自身の作曲スタイルにも変化はありましたか。

久石 それはすごくあります。曲が持つエネルギーや、曲をどのレベルで完成していくのか、ということを考えるようになりました。

ベートーヴェンは教会や宮廷などしっかりしたフォームが残っていた時代に、機能和声を人間的な感情表現(長調は明るい、短調は暗いなど)に初めて用いた人ではないでしょうか。

だからこそ、その先に文学と結びついたロマン派の時代が到来する。このフォームと人に訴えかける力のバランスをどう取るか、を考えるきっかけをくれました。

沼野 確かにベートーヴェンは常に意思が前に現れている。交響曲が九曲しかないのも、何か新機軸がないと出す意味がないという近代的な考え方ゆえですね。まさにその当時の最先端の現代音楽。その力が我々に訴えかけてくるのですね。

久石 ええ。フォームという既存の枠に留まらず、エネルギーや感情表現がそれを超えていくこの力強さこそが、今回ベートーヴェンの演奏から得た気づきであり、私自身の作曲スタイルへの影響でしょう。

『ベートーヴェン交響曲全集』

「ベートーヴェンはロックだ!」を標榜する久石 譲さんによる指揮、若手トッププレイヤーが集まるフューチャー・オーケストラ・クラシックスによる演奏を収めた意欲的な『ベートーヴェン交響曲全集』。(オクタヴィア・レコード、5枚組)

久石 譲さん

久石 譲(ひさいし・じょう)
作曲家、指揮者。“現代(いま)の音楽”を追究し、2019年フューチャー・オーケストラ・クラシックスを始動、『ベートーヴェン交響曲全集』を発売。2020年よりブラームス全曲録音を予定。

沼野雄司さん

沼野雄司(ぬまの・ゆうじ)
音楽学者、桐朋学園大学教授。著書に『ファンダメンタルな楽曲分析入門』など。20世紀前衛音楽の旗手を描いた『エドガー・ヴァレーズ:孤独な射手の肖像』で第29回吉田秀和賞を受賞。
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