「あなたのいばしょ」があると子どもたちに伝えたい
小学校5年のときに両親が離婚。折り合いの悪かった父親との2人暮らしで心身に変調をきたし、中学1年時には入院を余儀なくされました。
入院前後、家の前の崖を見て何度も死を考えたといいます。「飛び降りなかったのは勇気がなかっただけです」。
退院後、愛媛から東京に引っ越し、母親と再婚相手と一緒に暮らし始めましたが、同居とは名ばかり。中学生のときから夜ご飯は毎晩一人、近くの定食屋さんで食べていました。
入院中、主治医にいわれた「治したければ海外へ行け」という言葉を“環境を変えろ”と理解した大空さんは、学年全員が高校2年時に1年間留学するプログラムがある高校に進学。
ニュージーランドの一般家庭では温かな時間を過ごしましたが、帰国するとさらなる試練が......。留学の間に母親は再婚相手と別れ、生活にも困窮していたのです。
生活費、学費を稼ぐため、夜勤も含めたアルバイトを掛け持ちする日々。5限目からの登校すらいよいよ難しくなり、担任の先生に退学する旨のメールを送ったのが高2の冬。
「SOSではなく、今までのお礼を伝える意味合いだった」そうですが、書き添えてあった「死にたいと思っています」の一文を担任の先生は読み流しませんでした。翌朝、家の前に先生の姿がありました。
今までの人生での心の支えは?と尋ねると「やっぱり高校3年間、担任をしてくれた先生」。
先生が話を聞いてくれても、母を支えてアルバイト三昧という問題の根本は解決しない。でも心配し気にかけてくれるその存在はとても大きかったといいます。
先生が、勉強に集中するための寮を探してくれたり、一時的に金銭支援もしてくれたおかげで卒業でき、奨学金を得て慶應義塾大学に進学。
今日は事務次長(手前)と打ち合わせ。深刻な相談が多いので対応する相談員が一人で抱え込まないよう、オンライン上ですべて分かち合うシステムを作っている。「自分と同じつらい思いに悩む人々の最後の砦になりたい」──大空さん
大空さんは今、現役大学生ならではの機動力、SNS力を生かし、NPO法人理事長として孤独対策、ひとり親の子ども支援などの視点で国に提言、少しずつ社会が動き始めています。
連日入る「今、橋の上に立っています」、「ロープを買いました」といった相談。
「きっと救えなかった命もある。その現実は重く受け止めなければ」と悲愴感漂う表情を見せますが、チャットでやりとりするうちに「明日もちょっとまた生きてみます」といってくれる相談者がいることも事実。
つらい過去と決別し、青春を謳歌する選択もある中、他者の孤独、痛みに知らぬふりをせず、走り始めた大空さんの姿にこの国の未来への希望を見る思いです。
●NPO法人「あなたのいばしょ」24時間365日、誰でも無料・匿名で利用できるチャット相談窓口。2020年3月に立ち上げて以来、対応した相談件数は10万件を超える(2021年6月末現在)。チャットbotで判別をし、自殺のリスクが高いかたから応じていく仕組み。押しつけや判断をせず、“傾聴”を大切に、一人一人のつらさに寄り添う。2021年7月からは、海外在住の日本人にも支援の手を広げるべく、立案中。支援の申し込みは下記連絡先まで。
連絡先:
https://talkme.jp/chat 撮影/鍋島徳恭 構成・取材・文/小松庸子
『家庭画報』2021年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。