周りの人の言葉がけ一つで認知症の人は安心できる
洋さんは、事実とは違う認識のもと、不可解な行動をとる認知症の親にどのように対応すればよいのかといった相談をときどき受けるそうです。
ご家族は、本人に事実をしっかり伝えて現状を認識させるほうがよいのか、それとも認知症の親が生きている世界に自分も入り込んで話を合わせたほうがよいのか迷われるようです。認知症の対応には “これが正解”というものはありませんが、ゆとりのある接し方がよい対応につながると思います。
認知症の人は記憶障害によって新しいことが覚えられない状態に置かれていることを考えると、前者の方法を選択した場合、ご家族の心にゆとりがないとイライラするだけで、「何度いったらわかるの!」と怒りをぶつけてしまいがちです。
何も覚えていない認知症の人にしてみれば、これは理不尽な対応なので負の感情が残り、家族への不信感が募ったり症状が悪化したりすることもあるため注意が必要です。心にゆとりがないときは、認知症の人の話に合わせて対応することも家族がくたびれないようにするうえで大切です。
認知症になって過去の記憶がすっぽり抜けてしまっても不安に思うことはありません。なぜなら、あなたの周りにいる人がそれらを覚えていてくれるからです。人の絆があれば大丈夫。──和夫さん
生まれて間もない洋さんを抱く和夫さん。現在から過去に遡って記憶は失われていくので若い頃に体験したことは比較的忘れにくい。写真提供/長谷川 洋さん一方、少し前の出来事も忘れてしまうことに強い不安を感じている認知症の人に対して和夫さんは「人の絆があれば大丈夫」と励ましています。私の母方の祖父も晩年にアルツハイマー型認知症を患い、家族の顔さえわからなくなり、混乱して不安になったことがありました。
そのとき、下の姉が「私たちのことがわからなくなったみたいだけど、私たちはおじいちゃんのことをよく知っているから大丈夫。心配いらないよ」と声をかけたそうです。その言葉を聞いて、祖父はとても安心したようだったと父は書き残しています。家族をはじめ周りの人の言葉がけ一つで、認知症の人は記憶障害があっても心穏やかに暮らすことができるのです。
撮影/八田政玄 取材・文/渡辺千鶴
『家庭画報』2022年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。