〔特集〕早春の大和路を行く 古都・奈良の椿 椿は日本原産で、文字どおり春を告げる花木。『万葉集』で初めて「椿」という漢字が用いられ、平城京の宮殿や貴族の庭園に椿が植えられたと伝わります。今も「文化としての椿」を大切に守り伝える奈良の人々や古刹を通して、世界に誇れる日本の椿文化を見つめたいと思います。
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東大寺第224世別当にして華厳宗管長、橋村公英さんが、最初に交配を試みたベトナムの原種椿「ハイドゥーン」。1990年代に日本にもたらされ、ユニークな品種を作り出す素材として注目された。「ときに30センチを超える異形の葉、蠟細工のような独特の質感を持った白覆輪の花弁に強く惹かれました」。自坊である東大寺正観院の玄関先にて。背景の衝立は杉本健吉画伯による板絵。花器は会津本郷焼宗像窯、9代目宗像利訓作。
椿の達人──橋村公英さん(東大寺第224世別当・華厳宗管長)
自坊である東大寺正観院にて。近世か近代の品と思われる 「椿花貼交屛風」など、椿の工芸品を身近に置いて暮らす。
橋村公英さん(はしむら・こうえい)1956年奈良県生まれ。5歳で東大寺塔頭正観院に入寺し、13歳で得度。大阪市立大学、龍谷大学大学院修士課程で東洋史を専攻。1982年から東大寺に勤務。2022年から東大寺第224世別当、華厳宗管長に就任。日本ツバキ協会会員。
新品種を作出する橋村公英別当の椿ライフ
2022年より東大寺第224世別当、華厳宗管長を務める橋村公英大僧正は、20代から椿の栽培を続ける椿の育種家として知られています。これまで日本ツバキ協会に正式登録された新花は8つにのぼり、同協会より、「椿の達人」の称号を得た正真正銘のスペシャリストです。
「東大寺に出仕してまもなく、二月堂に勤めた折、先輩がお水取りに合わせて咲く花木を熱心に植えていて、それを手伝ったことが園芸に心が向く契機となりました。お水取りが終わる3月半ば以降、当時は園芸屋さんには開花した椿がたくさん置いてあって目を奪われました。交配のきっかけは、ベトナムの原種椿『ハイドゥーン』を見つけたこと。752年の東大寺大仏開眼の際、ベトナムの僧、佛哲が舞楽を伝えたとされており、“日越の懸け橋に”という願いを込めて交配品種を作出できないかと考えたのです」と橋村管長猊下。
春のオルゴール──橋村公英さん作出(詳細はフォトギャラリーをご覧ください)
林邑蓮──橋村公英さん作出(詳細はフォトギャラリーをご覧ください)
「ハイドゥーン」を種子親、日本の園芸品種を花粉親とする新花は、上写真の「林邑蓮」をはじめ6種を作出。仏教国として長い交流を積み重ねてきた日越の親善を象徴する「管長猊下の椿」。仏都・奈良で美しく咲き誇ります。
橋村別当の園芸、育種、作出の現場
【椿の温室──東大寺正観院】セルフビルドの温室にて、作出した新花「林邑蓮」を確認する橋村管長猊下。学究肌の管長猊下にとって、ここは実験室兼研究室。「現在は時間がとれず、水やりをすることもままならないので自動散水機は重宝しています」
橋村管長猊下の自坊、東大寺正観院は、生け垣を含め庭木はほとんどが椿に植え替えられ、さながら椿屋敷といった風情です。椿は枝の先で突然変異をすることがあるので、珍しい花を見つけると挿し木をして枝を固定するなどし、園芸品種を増やしてきました。
庭に地植えした白椿は、一重の椿としては大きな「加茂本阿弥」。地植えの椿には、肥料を使うと伸びすぎるため不使用で、水もやらないという。無理はしないで、仕事と両立できる範囲でやるのがモットー。
自坊には、古い品種の資料となる椿の意匠の工芸品も。
敷地の庭を使って30年以上にわたり椿の交配、作出を続けてきましたが、8年ほど前に一念発起、自ら単管パイプを組んで自動散水機能付きの温室を作りました。
「外に出すと蕾に必ず虫が入ります。鳥は温室に入ってこないので、自然交配を気にすることなく、目的の花粉の交配ができます」
鉢には記録が残るよう掛け合わせた品種を記した札を立てている。
新花を作出し始めたばかりの頃は、花粉親が不明なものもありましたが、今では確実に交配記録をとる体制が整い、まだ申請登録をしていない新花椿がいくつも誕生しているといいます。
花粉採取
未登録の新花の椿の花粉を採取する橋村管長猊下。新花は、「友の浦」「ロイヤルベルベット」を掛け合わせたもので、華やかさが際立つ花姿。
細く切った紙を二つ折りにして雄蕊に差し込み、細筆で花粉を採取する。
花粉を小さな容器に入れ、マイナス20度以下の冷凍庫に入れると長期保存ができ、開花時期が異なる花と交配させることが可能に。花粉採取から、受粉、実生、接ぎ木、挿し木まで、本を見ながら独学で学んだという。
実生
種を発芽させると、緑あるいは赤みの強い新芽が伸びてきて、花色の傾向を示す。
接ぎ木
樹勢の弱い品種は、しっかりした樹勢の台木に接ぎ木すると改善することがある。
挿し木
品種を手軽に増やすには挿し木が有効。若枝がしっかりしてくる7月が適期。写真(上3点)/橋村公英
(次回へ続く。
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