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二階堂ふみが茶の湯の聖地・大徳寺 聚光院を訪れて学ぶ「日本の美 その“奥”へ」

2025.03.25

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二階堂ふみが体験して学ぶ 日本の美 その“奥”へ 米国発の時代劇ドラマ『SHOGUN 将軍』への出演で、大きな話題を呼んだ俳優の二階堂ふみさん。ハリウッドの制作スタッフとコミュニケーションを図る中で様式美の根底にある“日本らしさ”について、素朴な疑問がとめどなく湧いてきたといいます。もっと深く、その本質に辿り着きたい── 湧き出ずる探求心につき動かされた二階堂さんが机上の学びにとどまらない日本文化の“奥”を体験して巡る連載が、ここ大徳寺 聚光院で幕を明けます。

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時処位(じしょい)という“間”に宿る日本文化の美の源流

写真の「衣鉢の間」の《竹虎遊猿図》6面の障壁画は、狩野永徳の父・狩野松栄によるもの。

今回、二階堂さんが訪れたのは、茶の湯の聖地ともいわれる大徳寺 聚光院。日本の美の真髄を探求する連載をスタートするにあたり、伝統文化に広く精通した、歴史学者の熊倉功夫さんに、まずは率直な疑問を投げかけました。

熊倉功夫(くまくら・いさお)

歴史学者、MIHO MUSEUM館長。茶道史を中心に料理文化史、民藝など日本文化に関する幅広い評論活動を行う。和食のユネスコ無形文化遺産登録にも尽力。著書に『茶の湯 わび茶の心とかたち』(中央公論新社)、『日本人のこころの言葉 千利休』(創元社)ほか多数。

「“間”の取り方を教えてくれる要素が茶の湯のすべてに凝縮されています」── 熊倉功夫

2人が対面した「礼の間」の《瀟湘八景図》8面の障壁画は、狩野永徳の父・狩野松栄によるもの。

二階堂さん(以下、二階堂) 今更聞けないという方を代表して、恥ずかしながら伺います(笑)。日本人の美学が凝縮されているといわれる茶の湯とは何でしょう。熊倉先生が20代、30代の若い方に説明するとしたら、どのようにお話しされますか?

熊倉さん(以下、熊倉) 説明できないのが茶の湯、というのが真理ですが(笑)。日本の文化というのは暮らしを豊かにするために培われてきた生活文化で、“間”の取り方を大切にします。それを知るすべてが、茶の湯には含まれています。例えば畳の縁を踏まない、挨拶のときに膝前に扇子を置くことも、結界という“間”を取っているんですね。

二階堂 かつての日本人は生活の中で、相手との距離感を慮ることを自然と取り入れていたのですね。

熊倉 そのとおり。“間”には、時処位(じしょい)という3つの要素があります。時はタイミング、処はスペース、位は相手との関係性です。今、私と二階堂さんが対話している距離もちょうどいい。あと30センチ近づいたら、圧迫感を感じますよね。

二階堂 ちょっと落ち着かない感じになりそうですね(笑)。

「茶の湯に触れると日本人としてのアイデンティティに気づくのですね」── 二階堂ふみ

熊倉 どんな位置関係を取ると、心地よく、スムーズに相手と接することができるかを知る、その手立てが茶の湯そのものといえます。

二階堂 他者があって、自分があるということですね。古の日本人は、アカデミックに学ぶことなく、日常の中で自然と“間”の心地よさを吸収してきたと思いますが、現代を生きる私たちには、“茶の湯”というきっかけが必要なのかもしれません。そこに身を置くことで、自分とは誰なのか、日本人である自分とは何だろうというアイデンティティに気づくのかもしれません。

体で覚えることで腑に落ちる瞬間がある

茶の湯の根底に流れる“間”をはかる美学について教示された二階堂さん。リアルな実感と結びつけながら、話題は身体論へと広がります。

2013年、書院の落慶時に奉納された千住 博氏による障壁画《滝》。聚光院が茶の湯の聖地であることから想起し、清らかな水が湧き出ずるイメージを重ねた。澱みのない超越的な天然岩絵具の群青と、胡粉の白が放つコントラストによって、荘厳な自然の美を室内空間へと取り込んだ。

二階堂 先ほど、畳の例をお話しくださいましたが、生活様式が変化した現代において、どうやって“間”を磨けばよいのでしょうか。

熊倉 茶の湯には「心に伝え、目に伝え、耳に伝えて一筆もなし」という言葉があります。リアルに目や耳を駆使して体で覚えるものであって、文字で伝えるものは何もないということです。

二階堂 文字で表現しないと記事になりません(笑)。でも、体で覚えたことが、後になって腑に落ちる瞬間があることは、私も経験があります。

熊倉 昔は「強いる、繰り返す、悟る」ということが教育でした。それを繰り返すうちに、二階堂さんのように「ああ、そうか」と腑に落ちる瞬間があるかもしれません。いつ来るかわからない瞬間を待つことが、かつては当たり前に行われてきました。

二階堂 なんて大らかで、豊かな観念でしょう。日本の伝統文化は敷居が高く、狭き入り口だと思っていました。体の記憶に刻んで心に落とし込まれるのを待つというのは、とてもナチュラルなことですね。日本文化の懐の深さといいましょうか、ある意味、間口の広さを感じます。

真の日本の美は“奥”に秘められている

二階堂 距離感という観点で考えると、西洋では最初に握手やハグをしてゼロ距離から始まります。ところが、日本は距離を肯定している、それって独特の感覚かもしれませんね。

熊倉 残念ながら日本人が大切にしてきた程よい距離感が、近年は麻痺しています。その典型がSNSです。

二階堂 遠くにあるものを、擬似体験したかのような錯覚ですね。

倉 リアルな距離感がなくなってしまうと、遠くにあるものが美しく、そこに憧れるという感覚が失われてしまいます。西洋と日本の比較でいうと、西洋はセンターの文化です。中央に教会があり、そこから放射状に街を構築します。一方で、日本の場合は奥の院に権威を据えます。大切なものは“奥”にあるという距離感が美意識を形成しているのです。

二階堂 “奥”ですか......それは簡単に辿り着けませんね。

熊倉 “奥”というのは、陰翳礼讃という言葉にも置き換えられます。実際に遠くになくても、薄暗くてぼんやり見えることで美しいと思える。茶の湯では、“奥”という距離感をさまざまな仕掛けで演出しています。例えば、茶室に向かう路地は、山道を分け入るような風情に設えられます。山の奥に辿り着いた先に、茶室という神聖な別世界があるのです。

二階堂 独特ですね。秘められた“奥”にこそ、美が宿るのですね。

侘び寂びとは清濁の両面を持つ極み

二階堂 最後にお尋ねしたいのが、“侘び寂び”について。『SHOGUN 将軍』の出演を経験し、海外のスタッフにニュアンスを説明するのが、本当に難しかった概念です。これは、いったい何でしょう?

二階堂さんが『SHOGUN 将軍』で演じたのは、亡き太閤の側室、落葉の方。艶やかな物腰を装いながら、名だたる武将に影響を与える圧倒的な存在感を放っていた。/『SHOGUN 将軍』ディズニープラスで全話独占配信中 Courtesy of FX Networks

二階堂さんが『SHOGUN 将軍』で演じたのは、亡き太閤の側室、落葉の方。艶やかな物腰を装いながら、名だたる武将に影響を与える圧倒的な存在感を放っていた。/『SHOGUN 将軍』ディズニープラスで全話独占配信中 Courtesy of FX Networks

熊倉 日本の文化には、そもそも飾るという概念がありません。伝統的な宮廷の公家たちの生活は、非常にシンプル。その無駄を省いた形式が優雅に映り、憧れを誘いました。さらに欠かせない要素が、どこか“やつれている”こと。それが、侘び寂びという情趣を生んだのでしょう。

二階堂 具体的にお聞かせいただけますか?

熊倉 『源氏物語』の4帖で夕顔が突然の死を迎えた後、もう秋だというのに光源氏は夏の喪服を着ています。その季節外れのやつれた姿が、光源氏という絶世の美男だからこそ情緒が生まれる。清濁の両面を持つダブルイメージに、美を見出したことが侘び寂びなんですね。

二階堂 落差ということでしょうか。日本の美の基準は多様で、柔軟で、不完全。そういった不完全な美を、この連載を通して再認識したいと思いました。日本文化を知る道標となるキーワードをたくさんいただき、改めてお礼を申し上げます。さて、次はどんな美に出合えるでしょうか。

「百積の庭」を眺める二階堂ふみさん。この日の装いは、風雅な春秋の花鳥を染めた自前の訪問着と、お母様からの“お下がり”鱗文の帯。帯留は貝合わせに桜の花模様蒔絵。

「百積の庭」を眺める二階堂ふみさん。この日の装いは、風雅な春秋の花鳥を染めた自前の訪問着と、お母様からの“お下がり”鱗文の帯。帯留は貝合わせに桜の花模様蒔絵。

対談を終え、「百積の庭」に佇む二階堂ふみさん。狩野永徳下絵、千利休作庭と伝わる庭です。

「方丈」の障壁画に幽玄な四季を描きながらも、襖に描ききれなかった大海への思いを、方丈と向き合う枯山水庭園に託したとか。これも“不完全な美”といえるのかもしれません。

「百積の庭」は、白砂ではなく苔に覆われ、侘びた情景を醸す。

「百積の庭」は、白砂ではなく苔に覆われ、侘びた情景を醸す。

入母屋造り・檜皮葺きの「方丈」。その中心にある「室中の間」を飾る16面の障壁画《花鳥図》は、24歳の狩野永徳の手による水墨画。

入母屋造り・檜皮葺きの「方丈」。その中心にある「室中の間」を飾る16面の障壁画《花鳥図》は、24歳の狩野永徳の手による水墨画。

対談の締めくくりに「何から日本文化を踏み出すべきか」と思案する二階堂さんに、熊倉さんの答えは「教科書どおりでなく、好きなものから始めたらいい」と、禅問答にも似たひと言でした。

「さまざまな自己発見に繫がる壮大なテーマですね。何が得られたかを、再び熊倉先生にご報告するのが今から楽しみです」と二階堂さん。

大徳寺 聚光院から始まった、日本の美の源流を探る学びの旅。縷々として体に刻むことで、ひと筋の流れは、いつしか大海へと辿り着くのかもしれません。

静謐な気配に包まれた聚光院の表門。

大徳寺 聚光院
永禄9(1566)年建立。開祖である笑嶺宗訢(しょうれいそうきん)を師と仰いだ茶聖・千利休および三千家の菩提寺であることから、茶人にとっての聖地として知られる。通常は非公開。


二階堂ふみ(にかいどう・ふみ)
俳優。1994年、沖縄県出身。2011年に映画『ヒミズ』で第68回ヴェネチア国際映画祭、日本人初となる最優秀新人賞を受賞。2024年『SHOGUN 将軍』で落葉の方を演じる。2025年夏に公開予定の日英合作の映画『遠い山なみの光』では、物語の重要な鍵を握る役を演じる。

この記事の掲載号

『家庭画報』2025年04月号

家庭画報 2025年04月号

撮影/森山雅智 ヘア&メイク/Eita〈IRIS〉 スタイリング/石田節子 着付け/杉山優子 取材・文/樺澤貴子

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