リシャール・コラスの京都暮らし 日本の美しさ再発見(3) 2013年から、京都を舞台に毎年開催されている『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』(以下『京都グラフィー』)。今や国内外から注目を集める一大アートイベントの誕生に、リシャール・コラスさんが一役買っていました。
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リシャール・コラス
1953年フランス生まれ。50年近くに及ぶ日本でのビジネスマン生活に終止符を打つ。小説家としての顔ももち、積極的に執筆に取り組んでいる。
昔ながらの商店街が現代アートの展示場に
共同創設者でありディレクターを務めるルシール・レイボーズさん、仲西祐介さんと、かねてから親交のあったコラスさん。
「日本が誇る文化都市で、国際的な写真フェスティバルが開かれないのはおかしい」と二人の背中を押し、熱い支援を続けてきました。仲西さんいわく「コラスさんは『京都グラフィー』のゴッドファーザーです」。
仲西さん、ルシールさんと。「京都のコミュニティに入ってハッピーな関係を築いている。二人のキャラクターですね」とコラスさん。
『京都グラフィー』が拠点とする「デルタ」は、出町桝形商店街の一角にあります。カフェやギャラリー、宿泊施設も備えた現代アートの発信地が、昔ながらの商店街の風景に不思議となじんで、新しい風を吹き込んでいます。セネガル出身のアーティストによる商店街の人々を題材にした楽しい展示も話題に(2022年)。
オマー・ヴィクター・ディオプ「MASU MASU MASUGATA」 出町桝形商店街、DELTA / KYOTOGRAPHIE Permanent Space ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2020
上と下・セネガル出身のオマー・ヴィクター・ディオプは、京都に2週間近く滞在して出町桝形商店街で働く店主たちを撮影。巨大なプリントがアーケードを飾った。歴史的な建造物やモダンな空間だけでなく、暮らしが息づく商店街も『京都グラフィー』の展示会場になる。
©Omar Victor DIOP/Courtesy of KYOTOGRAPHIE
アフリカ育ちのルシールさんが、遠いかの地と商店街の日常との架け橋となりました。「アフリカのアーティストはまだあまり知られていないですし、文化の交流という意味でも、ルシールたちの試みはすばらしいと思います」(コラスさん)。
DELTA(デルタ)京都市上京区三栄町62
TEL:075(708)8727
(営)11時~18時(金曜・土曜~21時)
月曜・火曜定休
リシャール・コラス「5月が近づいていた、 誰かがこのカオスのなかを歩いて来て、廃墟に鯉のぼりを掲げた。鯉は風をうけて膨らむ、 孤独だが勇敢に。それはわたしたちにあるメッセージを投げかける。生きねばならない、 呑み込まれた者たちの記憶が消えさることのないように、生きねばならない、と。」
上・2021年にはコラスさんもアーティストとして参加。東日本大震災の1か月後からボランティアで被災地を訪れ、その様子を写真に収めた。展示では自身の小説『波』(集英社 2012年)の文章も添えた。下・二条城など京都ならではの歴史遺産も会場に。今年は約27万人が来場した。
ティエリー・アルドゥアン「種子は語る」二条城 二の丸御殿台所・御清所 空間デザイン:緒方慎一郎
©Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2024
「シルクの文化を日仏でともに繫いでいきたい」
「美しいですね」。コラスさんが感嘆の声を上げたのは、世界でいちばん美しい絹糸といわれる「セヴェンヌ白」。
「セヴェンヌ白」の糸を古代草木染めの技法で染め、織り上げた帯。現代に甦った古の手仕事の結晶。
20世紀初頭に南仏セヴェンヌ地方から日本の技術者が持ち帰った蚕で養蚕の復活に取り組んでいるのが、西陣織の老舗「細尾」です。細尾は、伝統的な西陣織を革新的なテキスタイルの世界へと発展させて海外からも高い評価を受ける一方で、消えゆく手仕事を守り、未来へと繫げる試みに取り組んでいます。
伝統の技を駆使したコンテンポラリーな表現。世界を魅了するテキスタイルの手触りを細尾さんと確かめる。
プロジェクトを牽引する会長の細尾真生さんはいいます。「1855年に全滅の危機に瀕したフランスの養蚕に、明治初期の日本が手を差し伸べた。そしてフランスは新しい産業技術を伝えることで、日本の絹の品質を高めた。こういう絹の文化を通した日仏の交流の歴史を伝えたいのです」。
アートのようなテキスタイルで仕立てた小物類。
細尾さんの言葉にコラスさんもうなずきます。「フランスと日本に共通しているのは、美の深さ、職人の手仕事のすばらしさを理解できるというところでしょうね」。
HOSOO FLAGSHIP STORE京都市中京区柿本町412
TEL:075(221)8888
(営)10時30分~18時
祝日定休
「妻の奈緒子へ贈る茶碗が見つかりました」
「ギャラリー器館」は、1984年、現代陶芸の専門ギャラリーとして大徳寺の南にオープン。ショップにギャラリーを併設したスタイルは当時まだ珍しく、現代陶芸の作家を世に紹介した、京都における先駆的な存在といえます。大徳寺真珠庵の坐禅会で、オーナーの梅田美津子さんと知り合ったコラスさん。仮住まいの近くということもあり、ふらりと立ち寄り、オーナー夫妻の眼の確かさとアートに向かい合う情熱に共感を覚えたといいます。
多彩な作品から梅田さんが選ぶ一つ一つに「どれもいいね」とコラスさん。「作った人の魂が感じられます」。1階、2階がショップ、3階、4階のギャラリーでは月替わりで企画展が開かれる。
「お二人は若い作家を発掘して、現代アートを応援していらっしゃる。好きなものを通じて人と出会う、幸せな仕事だと思います」。そんな信頼も手伝ってか、コラスさんは妻の奈緒子さんへの贈り物を相談することに。「誕生日のプレゼントですけれど、この京都暮らしの思い出にもなるように。彼女はお茶を習っているから茶碗を贈ろうと思います」。
形あるものだけでなく、京都での3か月を通して得た人との縁もまた、心に深く刻まれました。
コラスさんが奈緒子さんのために選んだのは、この2点。左から、新にい里さと明あき士お作 シガラキ茶盌、加藤 委つぶさ作 荒磁タンパン茶盌。
ギャラリー器館京都市北区紫野東野町20-17
TEL:075(493)4521
(営)11時〜19時
水曜・木曜定休
〈column〉
文士・コラスさんの今月の逸品
コラスさんにはパイプにまつわる印象的な思い出が。「学生時代、校長先生の部屋に100本ほどのパイプが並んでいて。聞けば、散歩や読書そのときどきの気分に合わせて選ぶという。おもしろいと思いました」。時は移り、コラスさんがパイプを嗜むようになったのは、ほんの1年ほど前。「今日はどれにしようかと選ぶ楽しみを知りました」。現在は15本ほど所有。パイプをくゆらせて、しばし何もしない時間が新たな創作を生む。
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