完全予約制の特別なお菓子
嘯月は虎屋で修業を積んだ初代が1916年(大正5)に創業した御菓子司。京都の茶事ともゆかりの深い名店です。完全予約制で、店頭に作り置きはひとつもありません。最高の状態で食べてほしいとの思いから、お菓子は受け渡し時間に合わせて作られます。
数ある嘯月のお菓子のなかでも特に名高いのが、きんとんです。大村さんが愛した栗きんとんは、丹波の栗を使用した逸品。生の栗を鬼皮(堅い殻)つきの状態で蒸し、餡と混ぜたのち、きんとんにしています。和菓子好きなら、見慣れたきんとんとは異なるきめの細かさに、一目で気がつくでしょう。
栗きんとん。一般的なきんとんと異なり、表面は粉雪のような繊細な質感です。520円(税込み)。馬尾の通しが繊細さの秘密
きんとんは編み目状になった“通し”と呼ばれる道具で素材を裏ごしして作ります。一般的なきんとんが、籐製の通しを使うのに対し、嘯月のものは馬尾を編んだ毛通しを使用。網目が籐製よりもずっと細かいために、素材を濾したときの仕上がりが、ご覧のように繊細になるというわけです。あまりの細かさゆえ、指で触れると表面がつぶれてしまうとあって、熟練の技なしには作れません。
そして、口に入れると、サラリと舌の上で溶けてゆくきんとんの食感と、自然な栗の甘みには誰もが驚くことでしょう。
「(初代が修業した)虎屋のきんとんの技法のようで、その系列にあるお店で作られていました。最近では、若い菓子職人が細かいきんとんを飾り付けなどに取り入れているのも見かけます。しかし、代々、全体を細かい、きんとんで形づくってきた店は、いまはほかにありません」と3代目店主の後藤宏之さん。
栗についての豆知識
栗は収穫時期によって、早生(わせ)、中手(なかて)、晩生(おくて)と3つの呼び名で分類します。「早生は水っぽく、中手と晩生に大きな差はないものの、やはり旬は中手」と店主。
大村さんも「わせの栗は、ただめずらしいだけで、栗の甘みも少ないけれど、日に日にほんまの味がのってきて、秋やなァ、と、うれしィなる」(『冬の台所』)と栗の変化を紹介しました。
例年であれば、嘯月の栗きんとんは9月後半から11月10日頃まで購入できるのですが、今年は事情が違います。台風の影響で、収穫前の早生の栗が被害を受けて、良質な栗が非常に品薄なのだそう。「今年は10月いっぱいで終わります」と店主。
今年も紅葉を眺めようと、秋の京都を訪れる方は多いのではないでしょうか。大村しげさんが惚れ込んだ嘯月の栗きんとんは、秋の京都の名品として知っておいて損はありません。
Information
嘯月(しょうげつ)
京都府京都市北区紫野上柳町6
- ※ 完全予約制のため、購入する場合は予約が必要です。
川田剛史/Tsuyoshi Kawata
フリーライター
京都生まれ、京都育ち。ファッション誌編集部勤務を経てフリーライターとなり、主にファッション、ライフスタイル分野で執筆を行う。近年は自身の故郷の文化、習慣を調べるなか、大村しげさんの記述にある名店・名所の現状調査、当時の関係者への聞き取りを始める。2年超の調査を経て、2018年2月に大村しげさんの功績の再評価を目的にしたwebサイトをスタートした。
http://oomurashige.com/ 取材・文/川田剛史 撮影/中村光明(トライアウト)